リーガ・エスパニョーラ最前線BACK NUMBER
伝統を放棄して180度の方向転換。
“革新派”A・ビルバオの魅力。
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byMutsu Kawamori
posted2011/12/15 10:31
バルセロナに引き分け、セビージャに勝利し……と注目を集めているアスレティック・ビルバオ。バルセロナと引き分けたという戦果は、戦術マニアとされるビエルサ監督の面目躍如といったところか
ブラッド・ピットが主演した映画『マネーボール』が面白かった。'90年代末、メジャーリーグのオークランド・アスレティックスがセイバーメトリクスを用いてチームを強くした実話を脚色した作品だ。
セイバーメトリクスは試合のデータ分析とその統計学的評価をもって、野球を客観的に考察する手段である。たとえば『マネーボール』ではどんな形であろうと出塁することこそが得点への第一歩と捉え、ホームランが打てる選手ではなく、ヒットは少なくても出塁率が高い選手を獲得していた。
サッカーの世界でもこうした統計学的アプローチは有効だろう。野球と違って敵味方22人が常に干渉し合うスポーツだから、単純に「パス成功率」や「クロスを蹴る回数」だけで選手を採点するのは危険だが、プレイスタイルにならすぐにでも適用できる。サッカーの全得点状況を調べると、3割以上はカウンターから――。ということは、縦に速く、シンプルにゴールを狙いに行くようにすれば良い。
保守派のアスレティックがロングパスの伝統を放棄した。
ビルバオを本拠とする名門アスレティックも長らくそんなサッカーをしてきた。もっとも理由は統計の結果ではなく伝統だ。スペインにあって英語のAthletic Clubを正式名称とするクラブらしいロングパス一本のアタック。フィールドプレイヤーのほとんどは90分の大半を自陣で過ごし、足の速いウイングやセカンドフォワードにサポートされた屈強な9番が勝負する。リーガ83年の歴史で一度も2部降格を経験していないのは、ひょっとしたらこれが秘密なのかもしれない。
そこに青天の霹靂。今シーズン、アスレティックは伝統を放棄し、ショートパスを繋ぐ能動的なサッカーを始めた。
たかがプレイスタイルと思われるかもしれないが、アスレティックというクラブを考えると驚かずにはいられない。なにしろボスマン判決から16年経ったいまでも外国人はおろか“スペイン人”さえ受け入れようとせず、バスク人(もしくはバスク人につながりのある選手)だけでチームを作り続ける世界一の保守派。ファンもリーガやヨーロッパカップ戦より過去23度優勝している「俺たちのタイトル」国王杯を切望する伝統重視派。プレイスタイルであろうと何であろうと、180度の回頭に最も縁がなさそうなのがこのクラブなのだ。