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ルールの統一でさらなる発展を。 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph bySusumu Nagao

posted2008/03/17 00:00

ルールの統一でさらなる発展を。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

 3月になり『戦極』、『DREAM』と次々に大型イベントが旗揚げされ、にわかに活気を取り戻しつつある総合格闘技界。あまりのブームの鎮火ぶりに一時はどうなることかと思われたが、そこはリングビジネスらしい改革や連立によってピンチを脱却しつつあるようだ。

 とはいえ、会場を訪れてみても“熱”という部分を鑑みれば、全盛期にくらべれば雲泥の差。ただ、観衆からは「この舞台は何を見せてくれるのだろう?」といった期待が微妙な空気感を醸し出していた。お手並み拝見といったところだろうか。

 2大興行のマッチメイクを見て率直に感じたのは、やはり“PRIDE消滅”を発端とする“UFCショック”の影響からか、外国人選手の駒がいささか足りないことだろう。ミルコ・クロコップとジョシュ・バーネット、そしてエメリヤーエンコ・ヒョードルは控えているものの、以前にくらべれば充実しているというにはほど遠い。

 かつて日本の『リングス』や『PRIDE』といった団体やイベントが育てあげたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ダン・ヘンダーソン、ヴァンダレイ・シウバ、マウリシオ・ショーグンらは今や『UFC』のファイターになってしまっている。

 契約状況とファイトマネーの問題から、今後、旬の大物選手を日本のリングに招聘するのは現実的には容易ではなくなるだろう。

 ならどうするのかといえば、結論はひとつ。かつてそうだったように、自前で選手を発見し育て、作っていくしかない。

 発掘と育成──日本人選手の環境等も含め、新たなスタートをきった日本の格闘技界にとってこれが大きな課題となっていくだろう。そのためには、まずは数多くの興行を打っていくのが先決だ。大会を定期的に行うことで選手の露出を高めなければ何もはじまらない。

 以前の『PRIDE』は外国人選手の天下で勝てる日本人選手が足りなかった。しかし今となっては日本人選手に役者は揃い、外国人選手が足りないというから皮肉なものだ。

 さて、2大興行を比較すると、最大のちがいは、そのルール。『戦極』は1ラウンド5分制を採用し、『DREAM』は1ラウンド目を10分、2ラウンド目は5分という方式を採用した。

 『DREAM』で行われる、1ラウンド目10分は、PRIDEの系譜であるが、世界的に見てこれは総合格闘技のスタンダードではない。いや、世界中のあらゆるスポーツを調べても、定義としてこのような変則的なラウンドはないといっても過言ではないだろう。しかしながら、この1ラウンド10分にこそ、ここでしかみられない個性的な総合格闘技の魅力がつまっている。

 1ラウンドの試合時間が倍になるということは、多くのスタミナが必要になる。そして、長丁場を戦う上で試合を読む能力が大切になってくる。『DREAM』のアイコン的な存在である青木真也は、この10分という時間について次のように語る。

 「まず僕のような寝技の選手は、試合時間が長くなると一本が取りやすくなる。自分の場合は、10分と5分で一本を取りに行くような気持ちでやっています。まあ、シンドイですけどね(苦笑)」

 そして、こうつづけた。

 「10分のほうが、ロマンがあると思うんです」

 うーん、ロマンである。確かに5分区切りのスポーツライクなルールのほうが公平であり、スピード感のあふれる展開になるかもしれない。しかし、一見不条理とも思える10分という時間は、一本勝ちのチャンス、同様にKO勝ちのチャンスを増幅させているのはまちがいない。果たして安全面という部分で定かなことが分からないので言及は避けるが、いずれにせよ10分ルールが日本独特の総合格闘技文化を育ててきたことはまちがいない。

 とはいえだ、団体によってルールが異なる総合格闘技界は、そろそろ国内だけでも統一ルールに着手したほうがいいのではないだろうか。以前ほどハードルが高くなく、各選手が団体間を移動できる時代が訪れようとしているからこそ。昨年末の三崎和雄VS.秋山成勲ではないが、ルールの解釈の相違が出てはせっかくの試合が台無しになってしまう。

 “総合格闘技はどこで見てもルールが一緒”と言われてこそ、スポーツとしての価値、認知が本当の意味で上がると思うのだが、いかがだろう?

青木真也

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