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ベンゲルとアーセナルの
「死に至る病」。 

text by

田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

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photograph byJamie McDonald/Getty Images

posted2009/05/25 06:01

ベンゲルとアーセナルの「死に至る病」。<Number Web> photograph by Jamie McDonald/Getty Images

選手やサポーターからも噴出したベンゲルへの不満。

 迎えた今シーズン、チームの「構造疲労」は限界に到達。ベンゲルは補強方針を巡って、かつてない批判にさらされるようになった。アデバヨールやチームのOBは「一流選手を補強すべきだ」と公然と主張し、一部のサポーターはベンゲルの辞任まで要求した。

 そればかりではない。今年4月には、一種の「自己批判」とも受けとれる発言を、なんとベンゲル本人が行ったのである。「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙に掲載されたインタビューには、次のようなコメントが含まれていた。

「今シーズンの初めは、自分たちの試合ができていなかった。同じ選手を起用しているのに、なぜこれほどゲームが破綻するのか。スタッフと私は、自分たちがミスをしたのか、トレーニングの仕方が間違っていたのかと戸惑っていた。

 私はギャレス・バリーやシャビ・アロンソを獲得しなかった件で批判されている。だが私は自分自身のポリシーに囚われ、身動きがとれなくなっている。(“I am a prisoner of my own policy.”)バリーやアロンソを買えば、アレクサンドル・ソング、アブー・ディアビ、デニウソンが潰れてしまう」

 チームの「背骨」になれる一流の人材を、各ポジションにバランスよく揃えつつ、故障者が出てもタイトル争いが続けられるような、選手の「質」と「量」を確保する。ベンゲルが為すべきことは明らかだ。(ベンゲルは最近、アデバヨールのチェルシー移籍を容認するような内容を口にした。かといって目ぼしい後釜候補がいるわけでもない。マンUのファーガソン監督が、3連覇してなおテベスの慰留に執拗にこだわり、C・ロナウドの離脱に備えてリベリーに目を付けたとされるのとは対照的である。この種のリベラル過ぎる態度も、ベンゲルは見直す必要があるように思われる)

 こんなことを言うと、アーセナルを愛する人たちは「小クラブ」の苦しい台所事情や、マネーゲームに与しないベンゲルの「美徳」を理由に、眉をひそめるかもしれない。

 しかしアーセナルは、一般的に思われているほど「小さなクラブ」ではない。スイスの監査法人、デロイト社のレポートによれば、07~08シーズンの収益は、レアル、マンU、バルサ、バイエルン、チェルシーに次ぐ6位。スタジアムの建設による負債が多いのは事実だが、これは純粋な「資産」に投資した結果であって、マンUやリバプールが強引なクラブ買収の「付け」を支払わされているのとはわけが違う。しかもエミレーツ・スタジアムはロンドンの観光名所として定着し、イングランドではオールド・トラフォードに次ぐ巨大な「ポンド箱」として機能している。外資との関係も、徐々に密になってきた。

アーセナルとベンゲルの命運はこの夏の移籍市場にかかっている。

 ベンゲルが堅持してきたとされる「美徳」なるものも、2月にアルシャービンを獲得した時点で、有名無実化し始めたとみるべきだ。27歳の選手にクラブ史上最高額となる1500万ポンドの移籍金を払うなど、以前のアーセナルでは考えられなかった。だがアルシャービンは存在感を発揮。一流選手をチームに加えることの重要性を、改めて証明している。

 アーセナルは夏の移籍市場でも、何名か大物獲得に動かなければならないだろう。来シーズンのCLは、プレミア勢の中で唯一、予備予選(3回戦勝者とのプレーオフ)からの参加となる。ましてやUEFAの規定が変わり、プレーオフで対戦するチームのレベルは底上げされる。チームにかかる負荷の重さは、今シーズンの比ではない。これまでと同じことをやっていたのでは、さらに苦境に追い込まれる。

 「倹約」や「節度」は、世間一般では尊い価値観だとされてきた。金融不況で破たんに追い込まれているクラブが続出していることを考えれば、今こそサッカー界でも、ベンゲル流の運営やチーム作りが評価されるべきなのかもしれない。

 だが悲しいかな、もはやプレミアは、美徳やこだわりだけで渡っていけるような生易しい世界ではなくなってしまった。誤解を恐れずいえば、メンバー表に現れたネームバリューの大小が、そのまま各チームの成績に直結する可能性は限りなく大きい。

 ポリシーを貫いて低迷に甘んじるか、名門としてのプライドを維持するためにも現実を受け入れるのか。ベンゲルとアーセナルは、運命の岐路に立たされている。

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