バンクーバー五輪 匠たちの挑戦BACK NUMBER
日本の“ものづくり魂”から生まれた、
上村愛子の金メダル・ブーツ。
text by
茂木宏子Hiroko Mogi
photograph byKYODO
posted2010/02/09 10:30
新モデルのブーツで“エアの上村”から“ターンの上村”へ。
「新しいモデルは以前のものとは構造体が違うんです。一番のポイントはブーツ底面のトーション(ねじれ剛性)。カービング技術で大事なのは、スキーが硬い雪面にぶつかったときに、ガチンとエッジングしますよね。このときスキーのサイドカーブがたわんで曲がっていくんですが、底面がグニャッとねじれたらスキーがずれて力が逃げてしまう。底面のトーションが強ければこの力が逃げずに推進力に変わるので、スピードに乗って滑ることができるんです」
側面のシェルも剛性を変えた。力を入れて押すとグーンと深く曲がるが、抗力も強いので力を抜いた瞬間にポンと戻る。滑走中はこの力を利用することで、次のターンに速くスムーズに入ることができるのだ。
2007年秋にこのブーツを手に入れた上村は、現役時代に華麗なターンで鳴らしたヤンネ・ラハテラ(全日本チーフコーチ)の指導もあり、カービングターンをマスター。“エアの上村”から“ターンの上村”へと転身に成功した。ワールドカップでも着実に結果を残し、日本人初の総合優勝を成し遂げたのである。
悪雪になるほど威力を発する最新モデルで「金」を狙う。
マテリアルの変更にかなり消極的だった上村だが、用具の重要性を改めて認識したせいか、新しいモデルを積極的に試す姿勢が出てきたという。バンクーバー五輪には、この2年間履いてきたブーツをさらに進化させたモデルで臨む予定だ。
「昨年までのモデルとの違いは、ブーツの足入れ角度を浅くしたことです。本来スキーはかかと(くるぶしの真下)に荷重を集めると体のバランスが取りやすく、効率的にスキーに力を伝えることができるんですが、旧モデルはこのポイントが少しつま先寄りにありました。そこで、すねの角度を起こし、重心の位置をかかと寄りにしたわけです。これによって腰の位置も高くなったので、股関節を使って足を送り出しやすくなりました。旧モデルで好結果を出しているだけに、こちらから変更を無理強いしなかったんですが、男子の西伸幸選手が試したところ“調子いい”というので、彼女も変更を決めたんです」
モーグル会場になっているバンクーバー近郊のサイプレスマウンテンは、暖冬のため雪がなく、隣接する別の山から運ばれた雪でコースがつくられている。当然ながら悪雪が予想されるが、新しいブーツは悪雪になるほど威力を発揮すると林は胸を張る。
「彼女に最適なブーツを提供するまでに時間はかかったけど、いいタイミングで五輪に照準を合わせることができたかなと思っている」
選手もスキーもブーツもすべて日本製という“オール・メイド・イン・ジャパン”の金メダル――。その夢はバンクーバーでかなうだろうか。