MLB Column from WestBACK NUMBER
慎ましいロッキーズのスラッガー
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byAFLO
posted2007/09/25 00:00
いよいよシーズンも残りわずか、ラストスパートに突入している。
そんな中、プレーオフ戦線の生き残りを賭けたロッキーズ対ドジャース4連戦の取材に回っていた。結果はロッキーズの4連勝で、ドジャースは事実上2年連続プレーオフ進出の可能性を絶たれてしまった。両チームに所属する日本人選手の活躍も、はっきり明暗が分かれた。右太もも負傷から戦列復帰した松井稼頭央選手は第4戦に先発し、3打数3安打1四球と全打席出塁の活躍でチームの勝利に貢献したが、斎藤隆投手は第2戦に登板し、サヨナラ2ラン本塁打を浴びセーブに失敗するとともに今季初の黒星を喫してしまった。
このシリーズで目を見張る活躍をみせたのが、ロッキーズのマット・ホリデー外野手だった。シリーズを通じての成績は15打数8安打で4本塁打、9打点。さらにこのシリーズ終了時点で、12試合で11本の本塁打を放つ破竹の快進撃を続け、打率と打点の二冠王獲得が夢ではない状況になってきた。チームも7年ぶりのシーズン勝ち越しを決め、MVPの最有力候補にのし上がった感がある。
「とにかく彼の打撃を見るのが楽しくて仕方がない。(MVP受賞は)タイミングがすべてだと思うが、この大事な時期にこれだけの活躍をしている。自分の中では、他に誰がいるのかという思いだ」
クリント・ハードル監督はホリデー選手のMVP獲得を信じて疑わない様子だ。かつてロッキーズで打撃コーチを務めた経験もある同監督は、以下のようにホリデー選手の打撃を分析してくれた。
「マットは一言でいえば、パワーを備えた巧打者だ。彼のバットコントロールは抜群だし、制球眼も優れている。投手が少しでもコントロールをミスすれば、彼は絶対に見逃したりしない」
ハードル監督が説明するように、ホリデー選手にはパワーヒッター特有の粗さはまったく感じられない。それを示すように、MLB.comで調べた彼のクアーズ・フィールドにおける全安打の打撃方向は、まんべんなく全方向に広がっている。特に長打になるほど均等に打ち分けているのだから、驚かざるを得ない。19日のドジャース戦で2本塁打した際、1本目の本塁打は弾丸ライナーで右翼席まで運んでしまった。やはり安定したバットコントロールがなければ、ここまでナ・リーグの最多安打を記録できるものではない。
そして恐るべきことに、ホリデー選手のパワーはメジャー屈指なのだ。今年のキャンプ期間中に日本のTBSの某番組が、パワーで知られるメジャー選手たちに握力テストを実施したところ、ホリデー選手が堂々1位に輝いたと聞いている。確かに彼の両椀は半端でないほど発達しており、体格はフットボール選手と比較しても見劣りしないだろう。実際に打撃練習を見ていても打球の飛距離は図抜けており、一時期のマーク・マクガイア選手ではないが、彼の打撃練習を楽しみにしているファンも少なくない。
「多少不思議な感覚がある。これまで自分の野球人生の中で、短期間にこれほど本塁打を打ったことがなかったからね。どう表現していいか難しい。ただ最高にいい状態でプレーできているのは間違いない。しかし試合に対する姿勢は変わっていない。ただチームの勝利だけを考えてプレーしているだけだ。とにかく打席ではいい球だけを見逃さないように集中していくようにしている。自分に余分なプレッシャーを与えていないし、今この状況下でプレーすることを満喫しているんだ」
ホリデー選手の言葉を聞いてもわかるように、チーム内ではかなりの優等生だ。ロッキーズのクラブハウスで陽気なラテン系選手などが大騒ぎする中で、普段は大人し過ぎて、どちらかというと地味な存在ですらある。そしてその真面目さは家族愛にも反映されている。ホーム試合には、ほぼ毎日3歳になる息子のジャクソン君を連れ回り、試合後は必ずといっていいほど自分の試合後の食事を携行しながら一緒に室内打撃練習場に行く微笑ましい光景を目撃している。
「もちろん嬉しいことだし、ファンに感謝したい。でも自分は慎ましやかでいたいし、自分がコントロールできるものではないから」
ドジャースとのシリーズ最終戦でファンから“MVP”の大合唱を受けたホリデー選手は、その言葉通り慎ましやかに対応した。2004年にメジャー初昇格して以来シーズンごとに成績を伸ばしてきたホリデー選手。近い将来三冠王を狙えるような強打者に成長する気がしてならない。