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弱者チェルシー、格下アーセナルにも勝機あり。 <後編>
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byTakuya Sugiyama
posted2009/04/28 11:03
アーセナルがリアリストに徹しカウンターを繰り返せば……
マンU×アーセナル戦。アーセナルがマンUを倒すための武器となるのは、今シーズンに起きた2つの大きな変化である。
もともとアーセナルは、ポゼッション&短いパス交換で相手を崩していくチームというイメージが強かった。ところが今シーズンは「プレミアの中で最もカウンターがうまいチームのひとつ」に変貌しているのだ。理由としては、攻撃陣の主軸に負傷が相次いだこと、フラミニの移籍などによってDF・MFを問わず守備が脆くなったこと(守備が弱いチームは前がかりになりきれない)、ナスリの加入やエブエ&ディアビの覚醒により少人数でもなんとか特定の局面なら打開できる選手が増えたこと、そしてスタミナとスピードのある若手が元から多かったことなどが挙げられるだろう。この傾向は12月末のアストンビラ戦あたりから特に顕著になった。セスクの復帰などで攻撃の「駒」が増えてきたこともあって、さすがに以前ほど極端なカウンター志向ではなくなってきたが、やはり少ないパス交換で一気にゴールを狙う形の方が、明らかに様になっている。
さらに加えれば、今シーズンのアーセナルは「力業(ちからわざ)系」のチームにもなった。ゴール前までボールを運んだ後も、細かくワンツーをつないだり、きれいにスルーを通したりするよりは、ボックスを斜めに横切る浮き玉のショートクロスでアデバイヨールやベントナーの頭に合わせようとしたり、無謀とも思えるほど速いラストパスからシュートを狙うような場面も増えている。もちろん、そこにはテクニックの裏付けがあるわけだが、時代が変わった感じは否めない。
このような変化をベンゲル本人がどう感じているかは別として、チームの特性をいかさない手はない。そもそもカウンターとセットプレーというのは、古今東西を問わず「格下」が「格上」を倒すための最強の武器である。ましてやマンUとの「マッチング」を考えた場合、アーセナルのこの新たな特性は有利に働く可能性さえあるのだ。
強ければ強いほど弱点が露出するというマンUの矛盾
忌憚なく言わせてもらえば、今シーズンのマンUは盤石ではない。純粋なチーム力では、むしろ昨シーズンの方が上だったのではないかと思う。
まず攻撃陣に関して言えば、ベルバトフが加入した分の上積みは、ロナウドの「切れのなさ&やる気のなさ」を差し引いてプラスマイナスゼロ、せいぜい微増程度だ。実際に点が入るのは、前線からプレスをかけてボールを奪い、そのままスピードに乗ってカウンターを仕掛けた場合の方が多い。相手に守備を固められて策に窮し、セットプレーで活路を見出さなければならない試合もままある。
それ以上に戦力低下が著しいのは守備陣だ。守備陣が意外に手薄だというのは数シーズン前から指摘されていたが、この傾向はジェラール・ピケがバルセロナに移籍したことでさらに顕著になった。でなければ、34歳のガリー・ネビルが出場できるか否かが、いまだに話題になるはずがない。
本来なら、このようなDF陣の弱体化をカバーするのが守備的MFになるが、今シーズンはフレッチャーを除けば、キャリックやアンデルソン、スコールズなど攻撃参加の意識が高い選手のほうが多く起用されてきた。このため本来は守備的MFの位置にいる選手も前目のポジションをとるようになり、攻勢を強めれば強めるほど相手のカウンターに肝を冷やすというシーンが散見されるようになった。
マンUのこのような状況は、カウンター志向が強くなっているアーセナルにとって願ったりかなったりだ。デニウソンやソングなどが中心となって、とにかくしっかり守備を固める。CBのシルベストルの出場が危ぶまれているだけに、彼らの責任は重大だ。そのうえで完全な攻撃の司令塔(組み立て役ではない)に成長したセスクが、カウンターでナスリやウォルコットを走らせ、アデバイヨールやベントナーなどがシュートまで持ち込める形を作る。これができればフリーキックやコーナーキックの機会も自然に増えてくる。マンUの中盤の守備が決して強くないことを踏まえ、積極的にミドルを狙っていくのも手だろう。
マンUが最初から守備意識の高い選手を中盤に配置してくれば話は別だが、初戦はオールド・トラフォード。相手は是が非でも勝ちにいかなければならないし、「攻撃的なサッカーをするチーム」だという自負も持っている。だがアーセナルには、勝利以上にパスサッカーにこだわる理由など何もないはずだ。
プライドなどかなぐり捨て、ひたすら勝負に徹すること。試合がどこまで面白くなるかは、チェルシーとアーセナルがこれを実践できるかどうかにかかっている。
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