チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
俊輔と稲本とオシムと……。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byAFLO
posted2006/09/19 00:00
日本人初ゴール。喜ばしい出来事がさっそく起きた。相手はマンUで、しかもアウェー戦。少なくとも、中村俊輔のこれまでのサッカー人生の中で、あの直接FKは最高の一撃だと言い切れる。ネットを揺るがせた瞬間のその表情に、ゴールの重さが見て取れた。あれほど力感を込めて歓喜する姿も珍しい。過去に見た試しはない。
「オシム対中村俊輔」なる原稿を、僕は前回のこのコラムで記しているが、このマンU戦の一発で、この争いは中村俊輔リードは決定的なものになった。プレイそのものの内容も悪くなかった。相手ボールになった瞬間の反応は、これまでよりずいぶん早かったし、相手に食らいつく姿勢も良かった。その際の身体の寄せ方、粘りという点では、相変わらず淡泊な物足りなさを感じさせたが、それでも許せる範囲を十分維持していた。いっぽうで持久力はピカイチだった。セルティックの中で最も走っていた選手は、実は彼だったはず。「走る」を掲げるオシムも、この事実には一目置かなければならないだろう。中村俊輔リードたる所以だ。
両者の力関係は逆転した。一人の日本人選手が、日本代表監督に対し、サッカーに携わる人間として優位に立ったわけだ。瞬間的なものか、これからもずっと維持されるのかは定かではないが、少なくとも現時点ではそうなる。画期的であり、痛快な話だと僕は思う。オシム先生にヘコヘコする必要など全くない、いわば「オシム絶対」の世界が崩れたのだから。
オールドトラッフォードは、いまや収容人員8万人に迫る巨大スタジアムに変貌を遂げた。繰り返すが、相手はマンUだ。その出来はどう見ても良くなかったし、一頃に比べ地味になった印象は否めないとはいえ、欧州を代表するビッグクラブであることに変わりない。そのうえ舞台はチャンピオンズリーグ。「日常のW杯」というべき超一流の舞台だ。イエメン戦でもなければ、サウジアラビア戦でもない。現在日本代表が戦っている舞台との間には、天と地ほどの開きがある。中村俊輔は、そのレベルを楽々突破し、2010年W杯本大会と同レベルの水準に到達している。そんな彼を、オシムがこれからどう扱うのか。
稲本についても同様の興味を覚える。彼は移籍先のガラタサライで、見事に先発フル出場を果たした。少し前まで、ウエストブロムウィッチの控え選手だった彼が、まさか……。中村俊輔の日本人初ゴール以上の衝撃である。ガラタサライとウエストブロムウィッチとの間には、実力的に2階級ほどの大差がある。腕を急に上げたわけでもないのに稲本は、そこでCLの舞台を踏んだ。需要と供給が、ここまで見事に一致したケースも珍しい。ガラタサライのゲレツ監督の見る目が確かだったのか、あるいは、単なる偶然だったのか、詳しくは分からないが、もし前者だとすれば、その発想はオシムに似ていることになる。
しかしいっぽうでオシムは、そんな稲本を呼ぶ気があるのかないのか、態度をはっきりさせていない。いまのところ中村俊輔同様、見えてこないのだ。オシムはむしろやりにくさを抱いたのではないか。簡単には外せない現実、両者を呼ばない事が、事件に相当する現実についてだ。オシムは、もうひとりの実力者には確実に声を掛けていない。UEFA杯優勝経験者で、チャンピオンズリーグ本大会に9試合出場した経験を持つ小野伸二だ。呼んでオシム流にあてはめてみて、それでダメなら納得できるが、現実は全くそうではない。オシムはスター選手が嫌いなのか。ネームバリューの高い選手というのは、確かに扱いにくい存在だ。メンバーの中にそれが数多くいると、監督の目指すサッカーは、概して実践しにくいものである。
だがバルセロナは、昨季チャンピオンズリーグで、この常識を覆した。あくの強いスター選手が、チーム戦術をキチンと実践したことが、優勝の最大の要因だった。華もあれば、戦術性も高い。チームとして理想的な姿を描いている。4年に一度ではなく、毎年結果が求められているというのにだ。
駒がより豊富になった今季も、その姿勢は維持されている。使い回しの術は、見事の一言に尽きる。これまでのスタメンの顔ぶれを見れば一目瞭然。巧い!と思わず膝を叩きたくなる。「ライカールトは元名選手で、年齢も若い。だからスターの気持ちがよく分かるんだ。自由と規律の使い分けが巧いし、なによりコミュニケーションが図りやすい人物だ」とは、ある選手の弁。オシムには見いだしにくい柔軟さを備えている。
チャンピオンズリーグの初戦で、なぜメッシを使わなかったのか。僕にはその戦術的な理由が、痛いほど分かる。しかし、それでメッシのプライドが傷つけられたわけではない。メンバーすべてのモチベーションは高い状態で維持されている。そこが、他のビッグクラブとの違いだろうし、今季も大きな期待を抱かせる原因だ。
俊輔と稲本とオシムジャパンとバルセロナの関係には、これからも目が離せないのである。