EURO2008 最前線BACK NUMBER
ユーロ2008が面白くなることは、決まったも同然だ。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byAFLO
posted2008/06/06 00:00
ユーロというサッカーの祭典は、年々拡大する「ユーロ」をありのままに映し出す鏡といって差し支えない。
急速なグローバル化によって、近年、ヨーロッパでは国境や国籍の意味合いが薄れつつある。だが、異文化との摩擦が増えるほど、人間は自らが何者なのか声高に主張したくなるものだ。
開幕を控えたいま、クマさんはドイツはミュンヘンの安宿で天井を眺めている。カンナバーロなしでもイタリアは大丈夫なのだろうか、クリスティアーノ・ロナウドは回復したのだろうか、明日の晩は何を食べようか……などと要らぬ心配や期待をしながら。
ミュンヘンにいるのは、開催国から少しばかり距離を置いて、ヨーロッパの人々がどんなふうにユーロを楽しんでいるのかを観察したいと思ったからだ。
ドイツ人だけではない。この地には、トルコ人、ポーランド人、クロアチア人、ロシア人、ギリシャ人、イタリア人と様々な国の移民が数多く暮らしている。その色とりどりの移民たちが1カ月間、勝った負けたの騒ぎを繰り広げるのだ。
聞くところによると、試合のたびに勝った国の移民が大通りを行進するという伝統があるのだそう。最後まで鼻高々でいられるのは、どの国だろう。ドイツが優勝したら、さぞかし物凄い騒ぎになるんだろうな。
ちなみにユーロ2008が面白い大会となることは、決まったも同然だ。その根拠を述べるには、2年前のW杯に遡らなければならない。
2006年6月22日、日本代表が1対4とブラジルに惨敗したドルトムントの夜、わたしはスタジアムでの仕事を終え、ホテルに帰ろうとタクシーをつかまえた。疲れきった身体をシートに投げ出し、目を閉じようとすると、運転手が委細構わず話しかけてきた。
「おい、兄ちゃん。このW杯が退屈な理由を知ってるか?」
ひと言も退屈だと言っていないのに、堂々と決めつけてきた。
「はあ……?」
突然の謎かけに戸惑っていると、運転手は威張るように答えた。
「それはなあ、トルコが出てないからだよ」
暗い車内で目を凝らして運転手を見ると、カールした黒髪に髭の濃い頬、バックミラーにフェネルバフチェのマスコット……。そう、トルコからの移民であった。
彼らは何年も前から、トルコ代表がドイツ大会で大暴れする日を夢見てきた。ドイツにいるトルコ移民は200万人近くいて、その多くは社会の底辺での過酷な暮らしを余儀なくされている。その不満と鬱憤を晴らす最大の好機が、ワールドカップだった。しかし、そのチャンスはトルコ代表が予選で負けてしまったことで潰えてしまう。その腹立たしさや喪失感は察してあまりある。
2002年日韓W杯での3位以来、脚光を浴びることがなかったトルコ代表が、久々に国際舞台に帰ってくる。彼らがグループリーグを戦うスイスには、ドイツ同様、トルコ移民が非常に多い。
グループリーグにおける開催国スイスとの一戦は、2年前のドイツ大会の予選プレイオフで乱闘が発生した因縁の対決であり、盛大な「場外乱闘」が見られそうだ。ヨーロッパ中のトルコ人が燃え上がるのだから、たしかに面白いユーロになるだろう。
ピッチの上で何が起こり、それがどんなふうに人々を直撃するのか。その有り様をミュンヘンで眺めていこうと思う。さて、明日は何を食おうか……。