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柳沢敦 愛される理由。 ――なぜ彼はあの時、蹴らなかったのか? 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2009/04/22 09:00

柳沢敦 愛される理由。 ――なぜ彼はあの時、蹴らなかったのか?<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama
シュートチャンスでもパスを選択するそのスタイルには、たしかに賛否両論ある。
しかし、プレーをともにした選手はみな「また一緒にやりたい」と口を揃える。
なぜか。最大の理解者といえる本田泰人らがヤナギの真髄を語る。

「点を取るだけがFWじゃない」

 シュートのみを第一義としない柳沢敦のポリシーは、時に「消極的」とみなされ、ゴールを決められなかった場合のエクスキューズとして捉えられてしまうことすらあった。

 柳沢に対するバッシングの嵐が吹き荒れたのは、ドイツW杯グループリーグ第2戦のクロアチア戦。右からの絶好のボールを、ゴール前に入ってきた柳沢が右足アウトサイドに当てて、決定的なチャンスを逃したことで、「ゴールに固執しないストライカー」への不満が爆発したのだ。ドイツW杯以降、日本代表に招集されることはなくなってしまう。

 だが、世間が柳沢に抱く印象と、柳沢と同じピッチに立ってきたチームメイトが抱く印象には、明らかにギャップがある。

 柳沢が'96年に鹿島アントラーズに入団して以来、長年一緒にプレーしてきた本田泰人は、柳沢がチームメイトから絶大なる信頼を得てきた理由について、こう語る。

「ファンから見れば、『何でシュートを打たないの? 何でそこでパスなの?』って思うことがあったとしても、俺らのなかでヤナギのプレーを疑問に思うことなんてなかった。だって、シュートなのか、パスなのか、いつもベストの選択をしていたから。『ここではシュートを打ってくれよ』と思ったこともない。エゴイストぶりをむき出しにされてシュートを外されるほうが嫌だったし、そういうタイプは信頼を得るまでに時間がかかる。ヤナギはビスマルクやマジーニョら歴代のブラジル人選手からも信頼されていた」

シュートの体勢にこだわることを、ジーコから学んだ。

 チームプレーを念頭に置き、チャンスを得点に結びつけるための判断に磨きをかける柳沢の描くストライカー像は、ジーコによって叩きこまれたものだ。

「いいかヤナギ、シュートというのは、いい体勢で打たなければならないんだ」

 いい体勢で打て。

 裏を返せば、無理な体勢でシュートを打って外してしまう無意味さをジーコから学んだのである。プロ3年目の'98年に22得点をあげたのを最高に、それ以降は10得点前後のシーズンが続いたとはいえ、レギュラーの座が揺らぐことはなかった。位置取りによって2トップの相棒のほうにゴールの可能性が高いと感じるや、決定的な場面でもパスを送ることにためらいはない。ゴールに匹敵するだけの質の高いプレーによって、鹿島黄金期を支える一人となる。

写真

 柳沢の特徴として挙げられるのがオフ・ザ・ボールの動き。なかでも特筆すべきは動き出しの質の高さだろう。執拗に裏を狙い続けるにあたって、何よりも大事にしているのがパスの出し手との呼吸だ。トゥルシエ時代、ジーコ時代と、日本代表でともにプレーしてきた奥大介は、こんなことを言っていた。

「裏を狙うためにヤナギは、常に動き出しをしますね。普通の選手ならボールが出てこなければ動き出しをやめますけど、ヤナギは何度でもやる。プルアウェー(マーカーの視界から消える動き)とかも得意。こっちが前を向いたときにはもう動き出していた。パサーとイメージを共有するだけでなく、パサーの考えを引き出してもくれる。'98年のJOMOカップでは気づくかな、と思って出したパスを感じてくれて、ゴールになったこともありました」

【次ページ】 周りの選手の特徴をつかみ、すべてに対応する能力。

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