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中村俊輔 サッカー観が変わるくらいの衝撃だった。
text by
豊福晋Shin Toyofuku
photograph byTakuya Sugiyama
posted2008/04/03 17:07
──細かいパスを回しながら相手を揺さぶるバルセロナの攻撃は、日本代表の岡田武史監督がテーマとして掲げる“接近、展開、連続”に通じる部分もあるのではないでしょうか?
「選手が密集した狭いゾーンから、スペースのある広いゾーンにボールを持っていこうというのは、どこも同じ。ただ、バルセロナの場合は“接近”と“展開 ”のリズムがつかめない。接近した狭い局面でプレーしているかと思えば、一度離れて逆サイドに展開して、また接近する。ボールをキープしながら揺さぶりが続いて、どこかのタイミングで左サイドのロナウジーニョにパスが出たら、その後ろをすでに左サイドバックがオーバーラップしているというような形。展開した後にまた別の誰かが動いている。そこが捕まえきれない。カカやピルロにボールを預けるという形がはっきりしたミランの攻撃の方がまだ守りやすい。第2戦でもロナウジーニョにボールが出た時には、その裏をもうシルビーニョが駆け上がっていて、結局そのクロスから失点した。
ただ、バルセロナのあのサッカーは、ロナウジーニョやメッシ、イニエスタ、デコ、シャビらのように高いレベルの選手たちがいて成り立っているわけだから、そのまま他のチームが真似しようとしても絶対に無理だと思う。もちろん接近は日本人の特性が生きる部分だと思うし、日本代表が生かすべきこと。そこから崩して展開した後の工夫が少し必要かもしれない。選手間が接近しすぎている部分もあった。例えば、攻撃時にサイドバックが相手と1対1になったときに、今はその勝負で勝てるかもしれないけど、ワールドカップで格上の国と当たるとそれが難しくなってくる。そのサイドバックを中からサポートするだけでなく、外から人を追い越していくような動きを入れられれば、さらによくなると思う」
──今、理想のサッカーを挙げるのならバルセロナのサッカーになるのでしょうか?
「好きなサッカーはあれだね。理想というよりも、好きなサッカー。あのサッカーが常に勝つとは限らないし、カウンターを狙うチームに一発でやられる可能性もある。でも、バルセロナは2年前にCLで優勝したように、あのサッカーは現に世界でも勝っている。2年前のCL優勝のときに、やっぱりあのサッカーだと思った」
──そんなバルセロナと実際にピッチ上でぶつかって、テレビでは分からなかった新たな発見はありましたか?
「ピッチ上で思ったのは、バルセロナの選手は思ったよりも激しく動いてはいないということ。それなのにあれだけボールが動くのはなぜだろうと思った。攻撃の起点となるデコやシャビが試合を通じて一番ボールに触っている選手だけど、それでも彼らは全然疲れていない。普通は一番ボールに触っている人が疲れるはず。そうじゃないということは、無駄な走りがないということ。誰がこのアングルでボールを持ったら、もう一人がすでに動いているという形ができているから、選手の無駄な動きが少ない。そんなチームの形に、選手が元々持っている高い技術と判断力もあるから、相手はなかなかボールが取れない」
──どうしても攻撃に注目が集まりますが、バルセロナの守備については?
「守備の仕方も連動していたのは意外だった。MFのイニエスタやデコも、一人で守るだけでなく組織で守っている。中盤の底のトゥーレも、守備の入り方、相手への寄せ方が上手い。それでいてパスを繋ぐこともできるしね」
──レッジーナ時代のチームメイト、モザルトが「ロナウジーニョの長所はフィジカルの強さ」と言っていましたが、実際に対戦してみてフィジカルの強さは感じましたか?
「自分も一度当たりにいったけど、痛かった。硬い。当たりに行こうとしたら、逆に当たられたからね。うちのチームでもフィジカルの強い選手が削りにいったのに、びくともしない。もう上手いとかテクニックだけじゃない。骨盤、体の芯がしっかりしている」
──10年前の横浜マリノスのスペイン合宿時に「いつかあのピッチで」と思ったという、バルセロナのホームスタジアム、カンプノウに実際に立ってみて何を思いましたか?
「スタジアムは雰囲気があるし、客席も角度があって高いから、ああ昔のままだなと思った。でもグラウンドは狭く感じた。日産スタジアムとか、セルティックパークほど広くない。横はワイドに広いけど、縦はそうでもない。この形もバルセロナの攻撃に合ってるんだなと。相手を横に揺さぶって、隙を見つけては一瞬で前に行くスタイルのバルセロナにとっては最高のグラウンドだと思う。カンプノウは芝もきれいで、自分のポジションもトップ下と、やる前から好条件が揃っていた」