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井村雅代の新たなる挑戦。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byShigeki Yamamoto

posted2008/01/31 15:37

井村雅代の新たなる挑戦。<Number Web> photograph by Shigeki Yamamoto

 井村は日本代表のヘッドコーチ退任後、自身が'85年に設立した井村シンクロクラブで指導にあたっていた。それから2年がたち、'06年9月、中国からコンタクトがあった。

 「五輪でメダルを取りたい。どうかコーチをしてほしい」

 すぐには返事ができなかった。

 中国は世界でせいぜい6、7位程度の実力。採点競技であるシンクロナイズドスイミングはたやすく順位を挙げるわけにはいかないことを考えれば3位以内までは遠い。メダルが狙えるところまで引き上げられるのか。開催国からの依頼、失敗は許されない。

 一方で、こんな思いも浮かんだ。

 日本の指導者がどんどん海外に出て行って認められれば、日本のシンクロが世界に認められることにもなるし、もう一度世界の最前線で戦い、最新の技術を身につけてクラブのコーチや選手たちに教えてやりたい。自分が引き受けなければおそらくロシアからコーチが来るだろう。今も多くの国でロシアのコーチが指導している。中国もロシア人コーチになれば、ますますロシア流の演技が主流になり、日本がロシアを倒す日はさらに遠のく。

 決心すると、その年の12月に契約。日本で約束していた仕事をこなしながら、日本と北京を往復しての指導が始まった。

 だがそれは、日本では歓迎されざる事態だった。非難めいた言葉が渦巻いた。メディアの論調しかり、水泳関係者の言葉しかり。

 こうした反応は思いもよらなかったことだった。

 「日本は海外から来てもらうことに慣れている。けれど、海外に出て行くことには慣れていないのかな、と」

 実はシンクロで海外の指導にあたる日本人は井村だけではない。現在、世界の勢力図は、ロシアがトップ、2位争いを日本とスペインが繰り広げている。 '07年のメルボルン世界選手権ではスペインが銀メダル4個、銅メダル2個を獲得しメダル獲得数で日本の上に行ったことが物語るように、最大のライバルはスペインである。スペインは数年前までは5、6番手の中堅にすぎなかった。今日の位置まで登りつめた背景には、アトランタ五輪メダリストの藤木麻祐子が '03年にテクニカル面をみるコーチに就任したことが大きい。

 そのほかの国でも世界選手権ではスイス、ニュージーランドのコーチに日本人がいた。シンクロの世界では日本の指導者の世界進出はすでになされているのだ。井村の中国行きだけが大々的に扱われたのは、ひとつは井村の存在の大きさである。それとともに日中間の微妙な空気がかかわっているのは否めない。

 井村は、こんなエピソードをあげた。昨年、日本のメディアに対して一度取材が認められたことがある。ある新聞記者が、選手にこんな質問をした。

 「日本のナショナルチームのコーチだった井村氏が敵国であるあなた方を指導することをどう思うか」

 選手は即座に答えた。

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