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「卓球部か野球部か」迷って入部の2年後、甲子園で好リリーフ「私立に及ばない部分は…だからといって」44歳監督が語る“公立校のロマン” 

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間淳

間淳Jun Aida

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posted2024/10/13 06:02

「卓球部か野球部か」迷って入部の2年後、甲子園で好リリーフ「私立に及ばない部分は…だからといって」44歳監督が語る“公立校のロマン”<Number Web> photograph by JIJI PRESS

夏の甲子園・静岡代表となった掛川西。1年前の8月は「秋季大会初戦敗退」だったチームはいかにして急成長したのか

「私立の強豪校のようにチーム内競争が激しくて、選手層が厚いわけではありません。私たちのチームは2番手の選手をベンチに入れても、出場機会がほとんどないんです。それなら、代打、代走、守備固めとスペシャリストをベンチに入れた方が、チーム力は高くなると考えました」

 守備のスペシャリストの役割を担ったのは、稲葉銀士選手だった。

 試合終盤で代走を出した直後の守備や僅差を守り切りたい場面で、投手を除く全てのポジションを守る役割を任された。

決勝前に一塁手が体調不良…監督は絶望、でも選手たちは

 稲葉にとって最大の見せ場で、大石監督にとって最大のピンチだったのは甲子園切符をかけた静岡大会決勝だった。

 決勝前日に一塁手が体調不良となり、指揮官はスタメンに頭を悩ませていた。

「一塁手の2番手がいないので、やばいと焦りました」

 そうしたら、選手たちから自然と声が上がったという。

「稲葉がいるじゃないですか!」

 守備力が高いとはいえ、稲葉は試合で一塁を一度も守ったことがない。指揮官としては「心配しかなかったです」と正直な心境を吐露した。しかし――。

 落ち込む大石監督とは対照的に、選手たちは緊急事態でも余裕があった。午前中に全体練習を終えると、選手たちがノックを始める。一塁を守る稲葉選手に「ゲッツーは狙わなくて良いから」、「ゴロが飛んできたら1つアウトにすればOKだから」と声をかける。

 その姿に大石監督は学びを得た。

「選手たちがすごく楽しそうでした。2番手の選手を置かない、いわばチームとして不完全な状態の方が、高校生はアクシデントを乗り越えようと気持ちが入る。その状況をおもしろがる力があると実感しました。チームを完璧に仕上げなくても、何とかなるんだなと選手に気付かせてもらいました」

 大石監督は決勝戦、稲葉を「6番一塁」で起用した。打撃の調子が良かった稲葉は準決勝に左翼でフル出場していた。決勝では一塁を守ることになり、元々のレギュラーだった杉山侑生選手が「8番左翼」で先発した。この起用が的中する。稲葉選手は3打数2安打、2四死球でチャンスを演出。杉山選手は2安打5打点と打線をけん引し、甲子園の道を切り開いた。

夏春2季連続の聖地が手の届くところまで

「掛川西は全寮制ではありませんし、県立の進学校なので勉強時間の確保も必要です。今はトレーニングの予定を組んでから、空いたところに野球の練習を入れています。野球をする時間が絶対的に足りないので、年間を通じて公式戦で結果を出すのは難しいと思っています。1年かけてチームをつくって、夏に勝負することしかできません」

 こう語る大石監督が描くのは、新チームがスタートする秋から冬にかけて体力や筋力を強化し、春から技術や戦術を高めていく形だ。

【次ページ】 私立に及ばない部分は…だからといって

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