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「あの左ボディが分かれ目だった」百戦錬磨の井岡一翔はなぜ敗れたのか…“涙の統一戦”の全貌 「今後はすべて白紙」35歳レジェンドの決断は?
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/07/09 17:10
7月7日、フェルナンド・マルティネスとの統一戦に敗れ王座を失った井岡一翔。ボディでダメージを与えるもタフな相手を崩し切ることはできなかった
いきなり訪れた山場「仕留めにいったんですけど…」
七夕の夜、井岡は有言実行とばかりに前に出た。初回、いきなり仕掛けたマルティネスのアタックをやりすごすと、グイッと前に出て得意の左ボディブローを突き刺す。マルティネスの動きがパタリと止まった。山場はいきなり訪れた。
「絶妙のタイミングで左のボディが入って、効いて、そこがしゃがむか、しゃがみこまないかというところが一番の大きな分かれ目だったのかなと、終わってから思います。仕留めにいったんですけど、相手はチャンピオンなんでオフェンスだけじゃなくディフェンスもレベルが高かった」
井岡の状況分析はいつだって的確だ。井岡はチャンスを逃して以降、マルティネスの荒っぽくもシャープなパンチだけでなく、ディフェンスの固さ、うまさに苦しめられるようになる。マルティネスのボクシングはいわゆる“攻防分離”で、攻めるときは容赦なくパンチをまとめ、守るときは徹底して守る。井岡の抱いた感想がマルティネスの特徴をよく言い表していた。
「(相手のパンチは)効かなかったですけど、体ごともっていかれるような、バランスが崩れるようなパンチがありました。あと、やっぱり(体の)厚みがすごかったですね。ガードの上から打っても違う階級の選手に打ち込んでいるような、でっかいサンドバッグを叩いているような感じでした」
屈強な肉体を持つマルティネスは強固なブロッキングで井岡のパンチをはじき飛ばしながら、ときにウィービングやステップワークも使って巧みに空振りも誘った。右足を前に出して左構えを作り、左ボディブローを打ちにくくしようとする工夫も見逃せなかった。スコアを確認すると4ラウンドまでは3ジャッジすべてがマルティネスだ。それでも井岡は勝利に向かい、執拗にマルティネスに迫った。その姿は「遮二無二」というフレーズが頭に浮かぶほどで、クールで緻密な印象をいい意味で裏切るものだった。
「削れてるな」と手応えも…タフだったマルティネス
劣勢の井岡がもし戦い方を変更していたなら――。井岡ほど引き出しの多い選手であればそれは十分に可能だったに違いない。少なくともある段階で1ラウンド、あるいは1分でも距離を取るボクシングを試してみても良かったのではないか。そんな仮説を井岡はやんわりと否定した。
「セコンドはセコンドでたぶん僕の戦い方に手応えを感じていた。ボディも効いていたし、ダメージを与えていたので、削れてるなっていう認識の中で進めていました」