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藤井聡太を泣かせた記憶は「全然、覚えていないんです」…伊藤匠21歳が挑む“八冠崩し”の大一番「奇をてらわず、正攻法で向かっていきたい」
posted2024/06/19 17:33
text by
欠端大林Hiroki Kakehata
photograph by
Keiji Ishikawa
将棋界8大タイトルの一角、叡王戦五番勝負の最終局が始まろうとしている。
将棋界の全タイトルを独占する藤井聡太八冠を、今シリーズで初めてカド番に追い込んだ伊藤匠七段。勝負はフルセットにもつれ込んだが、近年、先手番ではほとんど負けがない藤井(2022年度33勝2敗、2023年度24勝1敗)だけに、先後を決める振り駒から目の離せない「令和の大一番」となる。
藤井八冠と同学年の伊藤匠七段は2020年、17歳でプロデビュー。中学生棋士として話題を独占し続けた藤井の陰に隠れてはいたが、棋士や関係者の間ではすでにアマチュア、奨励会時代から「大器」と目されていた。
5歳で将棋を始め、宮田利男八段が師範をつとめる三軒茶屋将棋倶楽部で腕を磨いた。
小学2年生のとき、2450人が参加したJT将棋日本シリーズこども大会東京大会(2010年、低学年の部)で優勝。その後、強豪が集う蒲田将棋クラブにも通い、奨励会三段リーグ時代は10歳年上の永瀬拓矢九段とVS(1対1の練習将棋)を重ねた。すでにトッププロとして活躍していた永瀬九段が、まだ奨励会員だった伊藤を研究会に誘ったという事実は、当時の伊藤の「業界評」を雄弁に物語っている。
昨年8月、その永瀬に2連勝し竜王戦の挑戦者に名乗りをあげた伊藤は、筆者の取材にこう語っていた。
「永瀬先生には、実力を大きく引き上げていただいたと思っています。藤井さんとはプロ入りするまで接点はありませんでしたが、(藤井八冠とも研究を重ねる間柄の)永瀬先生との対局で、間接的に藤井さんの将棋のエッセンスを取り入れていたのかもしれません」
「小学3、4年生のとき、すでにアマ四段、五段の力」
師匠の宮田八段が、少年時代の伊藤を回想する。
「小学3、4年生のとき、すでにアマ四段、五段の力はあったかな。あのかわいい風貌で、道場ではアマ強豪を次々なぎ倒してね。感想戦で『どの手が悪かったのでしょうか』とおじさん連中に聞かれると、『あ、この手がありがたかったです……』なんて答える大人びた子どもだったなあ」
著名な弁護士を父に持つ伊藤だが、進学校として知られる高校に入学後、すぐに中退している。決断時には有望な三段だったとはいえ、奨励会員の立場で高校を辞めるのは、高学歴棋士も多い現代の将棋界において異例の選択だったと言える。