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藤井聡太を泣かせた記憶は「全然、覚えていないんです」…伊藤匠21歳が挑む“八冠崩し”の大一番「奇をてらわず、正攻法で向かっていきたい」 

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欠端大林

欠端大林Hiroki Kakehata

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2024/06/19 17:33

藤井聡太を泣かせた記憶は「全然、覚えていないんです」…伊藤匠21歳が挑む“八冠崩し”の大一番「奇をてらわず、正攻法で向かっていきたい」<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

2勝2敗で叡王戦第5局に挑む伊藤匠七段。藤井聡太八冠とは同級生の21歳だ

 宮田八段が語る。

「受験して合格はしましたが、本人は初めから高校に通うつもりはなく、予定の行動だったと思います」

 高校入学直後、伊藤は宮田のもとにやってきて、唐突に「中退」を報告したという。事前に相談はなかった。

「それは、退路を断ったということか?」

 宮田が念を押すと、伊藤は短くこう答えた。

「はい……」

 当時の心境を師匠が振り返る。

「飛び抜けて頭の良かった子ですから、そのまま勉強していれば楽に難関大学に進学したでしょう。しかし、三段リーグを必ず抜けられるかどうか、こればかりは誰にも分からないですよ。どんなに伊藤が有望でも、絶対にプロになれるとまでは言い切れない。私には一抹の不安もありましたが、本人がそう決めて、親御さんもそれを了承したのですから『分かった』と言うしかなかったですよね」

藤井を泣かせた?「全然、覚えていないんです」

 伊藤が一般のメディアに紹介される際、頻繁に用いられるフレーズが「藤井を泣かせた男」だ。2012年1月の将棋大会で、当時小学3年生だった2人が対戦。負けた藤井少年は大泣きし、その映像が繰り返しテレビで放映されたため有名な逸話になった。

 この一件について伊藤本人に聞くと、答えはそっけなかった。

「全然、覚えていないんです。まあ、どうでもいいといいますか……」

 苦笑交じりではあったが、実体のない「ライバル物語」を一蹴したその言葉からは、本気で「打倒藤井」を目指す棋士の凄みが感じられた。

 初のタイトル戦登場となった昨年の竜王戦では4連敗し、ストレート負け。プロ公式戦では、今期の叡王戦まで藤井に11連敗(1持将棋)と勝てずにいたが、今シリーズでは絶対王者を相手に互角の戦いを繰り広げている。「最新定跡の精通度では藤井聡太、永瀬拓矢、伊藤匠がトップ3」(ベテラン観戦記者)という構図のなか、伊藤が藤井に肉薄するシーンは当分の間、続くことになるだろう。

 まだ21歳の伊藤だが、「棋士としてのピーク」についての考え方を聞いたときには「20代だと思います」と即答した。

「過去の例を見ても、一時代を築いた大棋士の先生はみな、20歳前後で台頭し、すぐに最盛期を迎えています。年を取るにつれ、だんだん勉強する時間が取りにくくなっていくのは確かだと思いますので、いまのうちに勉強をして実力をつけておかなければならないという気持ちは非常に強いですね」

【次ページ】 「この先、長く戦っていく相手になると思いますので…」

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