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藤井聡太を泣かせた記憶は「全然、覚えていないんです」…伊藤匠21歳が挑む“八冠崩し”の大一番「奇をてらわず、正攻法で向かっていきたい」
text by
欠端大林Hiroki Kakehata
photograph byKeiji Ishikawa
posted2024/06/19 17:33
2勝2敗で叡王戦第5局に挑む伊藤匠七段。藤井聡太八冠とは同級生の21歳だ
新陳代謝のテンポが加速する現代の将棋界では、トップ棋士が5年後もその座にとどまることができるかどうかは誰にも分からない。将棋界の頂点を目指す位置につけながら、「いまの努力が今後の棋士人生を決める」と危機感を抱く伊藤のストイックな思想は、将棋に全集中することが求められる現代棋士の姿を象徴しているのかもしれない。
師匠の宮田八段も語る。
「藤井八冠もそうですが、伊藤はいまご両親のもとで暮らしており、これが将棋漬けの生活を送るのに良い影響を与えているように思いますよ。私は常々『25歳までは酒、バクチは絶対禁止』と弟子に通達しているのですが、これは本人というよりもむしろ、周囲に対して『酒を飲ませないでくださいよ』という意味なんです」
叡王戦の決定局は、将棋界の未来をも占う重要な一局だけに、互いに自信を持つ戦型になることがほぼ確実だ。
最新定跡の研究量では群を抜くと言われる藤井と伊藤の対局は、高速ペースで駒組みが進み、未知の領域に入ったところから長考の応酬となることが多い。両者とも生粋の居飛車党であり、その棋譜には「現代将棋の最先端」が反映されている。
「この先、長く戦っていく相手になると思いますので…」
藤井八冠はこれまで、プロ公式戦で後手番の場合、初手(棋譜の2手目)に△8四歩以外を指したことがない。「相手の得意戦法を拒否せず、すべて受けて立つ」という王者の手だが、伊藤は「僕も同じですべて△8四歩です」と語り、藤井戦に臨む際の考え方をこう説明している。
「この先、長く戦っていく相手になると思いますので、奇をてらうようなことはせず、正攻法で向かっていきたいと思います」
ひたすら盤上に凝縮される若き2人の戦いを、宮田八段はこう見る。
「伊藤に相手の研究を外して勝つという思想はない。ここまでの対局を見ると、たとえ劣勢になっても、技をかけてイチかバチかの逆転を狙うような手を指さず、あくまで悪くしない手で辛抱を重ねている。勝機はあると思いますよ」
藤井か、伊藤か。勝負の行方から目を離すことはできない。