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井上尚弥“東京ドームが凍りついた初ダウン”そのとき何が起きていたのか? 本人も認めた「気負い、重圧」…ネリが崩れ落ちた劇的KOまでの内幕
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/05/07 17:03
初回にまさかのキャリア初ダウンを喫しながらも、ルイス・ネリを6回TKOで退けた井上尚弥。東京ドーム興行を大成功に導いた
人生初のダウンという緊急事態にありながら、井上は片膝をキャンバスにつき、コーナーに「大丈夫だ」とアイコンタクトし、カウント8まで聞いてからゆっくり立ち上がった。再開後、ネリのアタックをしっかり見てすぐにクリンチしたのはお見事。ここからはダッキング、ブロッキング、バックステップとディフェンスの基本技術を使いこなし、ピンチを脱したのである。
まさかのダウンの要因は?「出だしは気負っていた」
井上のダウン――その原因を考えてみると、本人が指摘したように、ネリ独特のパンチの軌道がまだ読めていなかったことが一つ挙げられる。ただ、普段の井上ならそうした事態も想定し、リスクを回避しながら初回を組み立て、相手の情報を収集するはずだ。今回は「出だしは気負っていた部分があった」と本人が認めるように、井上ですら制御が難しくなるほど気持ちが高まっていたことがより大きな原因ではないだろうか。
「自分にとって東京ドームでやることは、パワーをもらってましたけど、振り返るとプレッシャー、重圧があったと思う。入場したとき、舞い上がってはないですけど、ちょっと浮き足立つというか、そういう感じだったのかなと。振り返ればそういうシーンはありました」
ボクシングで34年ぶりとなる東京ドーム興行は莫大なお金が動くビッグイベントだ。しかも対戦相手に抜擢されたネリは、6年前の山中慎介戦で計量失格の失態を犯しながら悪びれる様子もなく、日本のファンから大ひんしゅくをかった最高の敵役。常にKO勝利でなければ許されない井上にして、「いつも以上に倒さなくてはいけない試合」と思わせるのだから、そのプレッシャーは想像を絶する強度だったに違いない。
クールダウンした井上尚弥の“圧巻のボクシング”
それでも井上は重圧に押しつぶされなかった。それはハートの強さであり、志の高さであり、責任感の強さであろう。そして何より、圧倒的な実力に裏打ちされた自信こそが井上の体を突き動かした。
ヒートアップする会場のムードとは対照的に、井上の熱くなった脳は徐々に冷めていく。2回、右ガードをしっかりアゴにつけ、鋭いジャブ、ボディへの右ストレートを軸に試合を作り直した。上下の打ち分け、堅実なディフェンス、的確なポジション取り。スキのない本来のボクシングがよみがえってくる。ネリが踏み込んで左フックを振り下ろしてくると、これをバックステップで外し、すかさず左フックを合わせる。ネリがキャンバスに崩れ落ちると東京ドームは割れんばかりの大歓声だ。