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「目がふさがった状態で…壮絶な打ち合い」日本人が思わず感情移入した…八重樫東と井岡一翔“あの激闘”の真実「負けたのに周囲の反応が」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byAFLO
posted2023/12/24 11:04
八重樫東が語る「あの井岡一翔戦」
「これを見たらどうだ。参考になるぞ」
そんなとき、会長の大橋から1本のビデオを手渡された。大橋のライバルで韓国の英雄、張正九が世界王座を獲ったイラリオ・サパタ戦の映像だった。八重樫は食い入るように見た。張はボディアタックをするようなファイタースタイルでサウスポーを攻略していた。
「なんだ、このへんてこなボクシングはと思いました。でも不格好に見えて実は戦略や動きがしっかりしていて、フィジカルが強くないとできない。何度もビデオを見て真似したんです」
世界2階級制覇のち「ロマゴンとやるか?」
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井岡戦の前から始めたフィジカルトレーニングが功を奏したのか、かつて苦しんだ右肩痛や腰の痛みはなくなっていた。筋量を増やし、まるでサポーターのように筋肉で腱を覆う。フィジカルが強くなっていた八重樫にとって、コリアンスタイルがマッチした。
2013年4月8日、東京・両国国技館。試合直前まで張正九の動きを見て、頭にインプットした。学生時代に勝てなかったWBCフライ級王者の五十嵐に徹底して接近戦を仕掛け、左フックを打ち込んだ。判定3-0の完勝でミニマム級に続き、世界2階級を制した。
その後、大きな分岐点がやってくる。2度目の防衛に成功した後の2014年正月。大橋ジム恒例の新年会が函館で行われ、大橋が問いかけてきた。
「次の防衛戦が終わったら、ロマゴンとやるか?」
「はい、大丈夫です、やります」
八重樫は「ノー」と言わない人間だ。だが、このときばかりは大橋が念を押してきた。
「八重樫、やらなくてもいいんだぞ。本当にやるのか?」
ロマゴンとはローマン・ゴンサレスのことだ。驚くのは39戦全勝のレコードだけではない。そのうち、33KOでKO率は85%。軽量級とは思えない数字だ。ロマゴンは3階級制覇を狙い、フライ級に上げてくる。だが、誰も挑戦を受けてくれない。世界王者でさえ避けたくなるような強敵だった。
〈つづく〉