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「目がふさがった状態で…壮絶な打ち合い」日本人が思わず感情移入した…八重樫東と井岡一翔“あの激闘”の真実「負けたのに周囲の反応が」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byAFLO
posted2023/12/24 11:04
八重樫東が語る「あの井岡一翔戦」
「いや大丈夫だから。こいつ、こういう顔しているんだから。元から目が細いんだよ」
八重樫にはその声が聞こえてきた。
「試合を止められないように守ってくれていた。でも会長、こんな顔って……。元から細い目って……。それはないでしょと思っていましたね」
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内心で突っ込みを入れるほど冷静だった。
目が塞がった状態で…「伝説的試合」の内幕
左目が塞がり、視界が狭い。もう見えるのは井岡の足元だけだ。足の動きで近づいてきたことを察知する。井岡は左目を狙って右ストレートを打ってくるに違いない。そこに左フックを合わせた。何度も何度も。相手の足を見ては左を放つ。それが当たった。
「ここにいるな、とわかっていたんで、そこに打てばいいやと思って打っていました」
8回終了時の公開採点では2者が井岡、1者が八重樫。終盤になるともう八重樫の左目は完全に塞がっていた。右目も腫れ上がってくる。再三ドクターチェックがあり、いつ試合を止められてもおかしくない。だが、八重樫は前に出る。果てしなき打撃戦。リング上で壮絶な生き様をみせた。
最終12回。激しい打ち合い。地鳴りのような歓声だった。終了のゴングが鳴る。二人で抱き合った。8700人の観客はスタンディングオベーションで両者を称えている。井岡が話しかけてきた。
「八重樫さん、ありがとうございました。八重樫さんとだからこういう試合ができました」
「ありがとうね、これからも頑張ってね」
採点は115-114が1者、115-113が2者、3-0の小差判定で井岡の手が挙がった。八重樫は初防衛に失敗し、WBC王者・井岡の元にWBAのベルトが渡った。
「終わったときには2ポイントくらい勝っているかなという気持ちもあったんですけど、まあ、ジャッジも人間ですから。闘っている顔を見たら一目瞭然なんで仕方ないですよね」
だが、あの目の塞がった状態で最終ラウンドはジャッジ3者とも八重樫に振っていた。最後まで攻め続けた証だった。
最高視聴率「関西29.1%、関東22.7%」
試合翌日、両目は塞がり、もうまったく見えなくなっていた。顔の腫れが引くまでの2、3週間、外出できなかった。ボクシングは勝者がすべてを手に入れ、敗者はすべてを失う。敗者には何もやるな。そういう世界だ。しばらくぶりに外出すると、周囲の反応がおかしい。