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「あの日、初めて異世界を見た」福岡堅樹がラグビーW杯で体験した極上の”ゾーン”とは?「相手が追いかけてくる足音が聞こえて…」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAsami Enomoto
posted2023/09/15 11:00
現在は順天堂大学医学部3年生の福岡堅樹。4年前のラグビーW杯、ゾーンに入ったという極上のトライについて語った
「キャッチしてからまずは外に流れ、最後に縦にコースを変えたんですが、あの時は後ろを見ている余裕はありませんでした。コースを変えたのは、相手の“音”です。追いかけてくる足音が聞こえたので、咄嗟に判断しました」
信じられない。あの日、あの瞬間、横浜国際総合競技場には6万7666人のファンが詰めかけ、独走する福岡に向かって絶叫していたのだから。
「聴覚も鋭敏になっていたのだと思います。大観衆の声が響いていたのに、足音を聞き分けられたんですから。集中力が高まっていたんでしょうね」
福岡はなぜ、ゾーンに入れたのか?
これまでも、アスリートの「ゾーン」に入った体験談を聞いてきた。私の場合、そのほとんどが個人競技の選手たちだった。福岡のように団体競技でゾーンに入った選手は稀だ。なぜなら、自分のことだけではなく、他の選手の存在など、環境変動因子が増えてくるからだ。福岡はなぜ、ゾーンに入れたのか。彼はこう自己分析する。
「ゾーンには入ろうと思って入れるものじゃないんですよね。ただ、あの時は入る準備はできていたと思います。僕の場合、9月にケガをしてから、10月に入ってフィジカル、メンタル的にも状態が上がっていたこと、スコットランドに勝てば目標とするベスト8が達成できるといった高揚感も手伝ってくれたのかもしれません。それと、練習と努力も必要なんじゃないかと思います。ラグビーボールがどちらに転がるかは運だと言われますが、その確率を50-50のままにするのか、51パーセントにできるかは、個々の努力やチームとしての経験によるのかなと思います」
福岡の見た世界は、仲間と一緒に積み重ねてきた時間と精神が奏でる美しいハーモニーだったのではないか。
ジェイミーの指示に、自分から無理だと伝えた
だが、W杯に向けてすべてが順調だったわけではない。福岡が振り返るように、9月6日に行われた最後の強化試合、南アフリカ戦で開始早々に肉離れを起こして退場していた。暗雲が覆った瞬間だった。