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「あの日、初めて異世界を見た」福岡堅樹がラグビーW杯で体験した極上の”ゾーン”とは?「相手が追いかけてくる足音が聞こえて…」
posted2023/09/15 11:00
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Asami Enomoto
発売中のNumber1080号掲載の[プレーバック2019]福岡堅樹「あの日、初めて異世界を見た」より内容を一部抜粋してお届けします。【記事全文はNumberPREMIERにてお読みいただけます】
福岡堅樹が体験した異世界「ゾーン」とは
4年前の9月、福岡堅樹は赤と白のジャージを着ていた。彼はいま順天堂大学医学部3年生、「白衣」を着る人になった。
「現役時代の体重は85kgでしたが、今は81kgです。自分でトレーニングもしてますが、もうあんなには追い込めないです(笑)。医学部では、1年生は医学と教養を並行して学び、2年生からは解剖実習が始まりました。3年になって今年の5月からは『医学教育学』研究室での実習があったんですが、これが大きな学びになりました」
日本の社会には、医療サービスを受けられない人たちが一定数存在するのが現実だ。その状況を良いものに変えていくためにはどうすればよいのか。福岡は医学生としてこの問題に取り組んだ。
「実際にホームレスの方々のところに足を運んで炊き出しに参加したり、聴覚、視覚障害の方が生きる世界を少し体験させていただきました。今まで見たことがなかった世界で、本当に自分の視野、裾野が広がった感じがします」
学生として未知の世界へと足を踏み入れる毎日だが、2019年10月13日に行われたスコットランド戦で福岡は異世界を体験していた。いわゆる「ゾーン」だ。
「前半39分に僕が取ったトライは、ティミー(ラファエレティモシー)がキックでボールを転がすと、『このあたりで跳ねるだろうな』というのが察知できました。自分はキャッチできる地点を予測し、なおかつスピードを落とさずに走り込むタイミングを計算するんですが、本当にそこでバウンドしたんですよ」
ハーフタイムを挟んで福岡の感覚は鈍るどころか、ますます研ぎ澄まされていった。後半開始早々、日本は内側からプレッシャーをかけ、福岡は力ずくで相手が持っているボールを掻き出した。
「宙に浮いたボールがクルクル回転しているのが、スローモーションで見えました。本当に鮮明に見えて、今もその時のイメージがすぐに浮かんできます」
相手が追いかけてくる足音が聞こえた
福岡はそのボールをつかみ取り、独走のトライを奪った。しかし、走っている時もいつもとは違う世界の中にいた。