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「将棋体力が凄まじい」“名誉王座”へ藤井聡太21歳に先勝…永瀬拓矢30歳のスゴみ「評判が積み上がっている」と中村太地35歳も戦慄のワケ
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/09/12 06:01
王座戦第1局後の永瀬拓矢王座と藤井聡太七冠
当時七番勝負だった同タイトル戦で持将棋(引き分け)が2局、フルセットにもつれこんで史上初の「第9局」となり、第1局では千日手(同一局面が4度出現した場合、指し直しとなる)が成立するなど、シリーズの総手数1418手という壮絶な激闘でした。最終的には豊島九段に叡王を奪われこそしましたが、永瀬王座のタフさを象徴する長期戦には戦慄した覚えがあります。
ゆっくりとした歩みだとしても着実に勝ち切る。最短の勝利を目指すというより、負けないように指す。永瀬王座が貫く将棋は芯がブレません。
スポーツの世界でも、延長戦にもつれこんでも全く揺るがず、自信満々に最後まで耐えきるディフェンシブなチームを目にしたことがあるのではないでしょうか。例えばサッカーで言えば、対戦相手が攻め急いできたところをカウンター1本で仕留める……といった感じです。そういった展開を、永瀬王座は本当に自分の流れにするのが上手い。さらにそういった激闘を繰り広げ続けた結果、永瀬王座に対する〈評判〉が積み上がっていったのも強みになったのでしょう。
「評判」を積み重ねることで強くなる側面も
将棋の世界は「信用の世界」という風に言われています。強い対局相手が指した手は、良い手に見える。本来は咎められるはずの手に対して、相手を尊重した結果、チャンスボールを見逃しているということは将棋ではままあること。ただそこまでに至った時点で、棋士として人間的な強さを手に入れている。そう表現していいかもしれません。
なお藤井七冠、羽生善治先生や渡辺明先生らの偉大なトップ棋士も――信用によって勝利をものにしている部分は、少なからずあると個人的には感じています。
私自身の経験になりますと、永瀬王座とは2010年の順位戦が公式戦での初手合いでした(※注:初手合いは中村の勝利。計7局の対戦成績は中村から見て3勝4敗)。デビューしたての永瀬王座は完全な受け将棋だったのですが、タイトルを争うトップ棋士へと成長する段階にあって、攻めにも力を入れるなど、重点的にスタイルを変えていった印象があります。
その象徴といえるのは「振り飛車」から「居飛車」への転向があります。私自身も振り飛車からの転向を経験しているのですが、棋士はどんな経緯で決断したのか。その辺りについてもお話しできればと。
<第3回につづく>