濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
“衝撃のチョーク”に朝倉未来の顔が歪んだ…ワンサイドの“ギブアップ負け”はなぜ起きたのか? RIZINケラモフ戦後の「目標? ないです」発言の真意
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2023/07/31 11:54
不完全な体勢ながら朝倉未来にチョークを極めようとするケラモフ。勝敗を分けたのは、想定外の「絞める強さ」だった
朝倉が屈した“頭脳を超えた”チョーク
試合を振り返る言葉からも分かるように、朝倉は試合展開を客観的に捉えることができる選手だ。対戦相手の研究は得意中の得意。最大の武器は戦術眼だと言ってもいい。
なのに、朝倉はチョークを極められてしまった。いや「だから」かもしれない。朝倉の技術理解と経験値を超えたところ、朝倉にとっては常識はずれな形でケラモフが攻めてきたのだ。茫然自失になるしかない。インスタグラムには「自分がすごくちっぽけに感じる」とさえ書いている。朝倉は“頭脳派”であるがゆえに、頭脳を超えたケラモフのチョークに屈したのではないか。ケラモフは前戦も同じ形のチョークで勝っているのに、朝倉は対処できなかった。マウントからの打撃によるダメージの影響もあるだろう。フィニッシュ前の時点から朝倉の格闘頭脳はねじ伏せられていたことになる。
ケラモフはフィニッシュの場面についてこう語っている。
「あの状態でも(朝倉の体を)コントロールすることはできていましたから」
ケラモフにとってはセオリーに則った“形”より、コントロールできているかどうかの“実質”が大事だったのだ。
「今は発言権がないですし、今後のことは考えられないです。期待してくれた人も多かっただろうし、遠くから自分がチャンピオンになる姿を夢見て来てくれた人には申し訳ないです」(朝倉)
クレベルとの再戦には「そんなこと言ってる場合じゃない」
勝って実現させるつもりだった仇敵クレベルとの再戦についても、前向きには語れない。
「そんなこと言ってる場合じゃないんで」
自らシビアな対戦カードを望んだ朝倉は、そのリスクも承知していた。注目を浴びる試合は、負けて失うものも大きい。階級内でのランクは下がって当然だ。6月の札幌大会、クレベルは鈴木千裕に一本勝ちして「やっぱり強い」と思わせた(計量オーバーのため公式記録は無効試合)。
クレベル戦で屈辱を味わった鈴木千裕は、今大会にスクランブル参戦してアメリカのメジャー団体・ベラトールのチャンピオンにKO勝ちしている。ベテランの金原正徳もRIZIN復帰以来、連勝中だ。この状況で、タイトルマッチというチャンスを掴めなかった朝倉がどんな展望を語ればいいというのか。
ただ、今はとにかくケラモフの強さを讃えたい。マウントポジションのキープ力は、朝倉曰く「これまでやってきた選手とは比べものにならなかった」。MMAで勝つための技術が浸透し、なおかつ日進月歩という世界で“雑でも勝ち切る”荒々しいファイトはすこぶる魅力的だ。
この日、榊原CEOは大会中にRIZIN初の海外進出としてアゼルバイジャン大会の開催(11月4日)を発表。会場にはアゼルバイジャン議会の副議長と駐日アゼルバイジャン大使も訪れた。メインイベント、“母国凱旋”を前にケラモフのモチベーションは最高潮だった。朝倉未来というカリスマの敗北は、見方を変えると“スター誕生”であり凱旋マッチのお膳立て。この試合は“朝倉未来の負け”であると同時に“ケラモフ戴冠”のドラマとしても充分すぎるほど意味があった。