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「彼らは素晴らしい技術集団」ホンダを栄光に導いた功労者、引退表明のフランツ・トストが信じた日本企業の底力
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images / Red Bull Content Pool
posted2023/05/12 11:01
1956年、オーストリア生まれのトスト。F1との関わりは1997年からで、今年で実に27年目となる
「そのとき、ホンダがいかに優れた会社であるかを知ることができた。それからかなりの歳月が経って、彼らがF1に復帰してから、私は交渉のために何度かサクラ(現在のホンダの開発拠点であるHRC Sakura)を訪れたが、彼らが素晴らしい技術者集団であることは変わっていなかった」
理由はもう一つある。それは、トストの忍耐力だ。アルファタウリはその前身のトロロッソ時代も含め、レッドブルの姉妹チームとして多くの若手ドライバーをデビューさせてきた。そのひとりが4冠王者のセバスチャン・ベッテルであり、現役王者のマックス・フェルスタッペンだ。そんな彼らもデビュー当時はミスを犯していた。それをトストは持ち前の忍耐力をもって温かく見守ってきた。
参戦直後の苦戦は想定内
それはホンダに対しても同様だった。
「この世界で成功を収めるために時間が必要だということは常識だ。しかも、2014年から導入されたパワーユニットは非常に複雑で、すでに参戦していたメーカーも手を焼いていた。だから、ホンダが参戦直後に苦戦することは想定内であり、時が経てば彼らが立て直してくることは想像に難くなかった」
ホンダと組んで臨んだ1年目の2018年。ホンダのPUは前年から改善はしたものの、トップに追いつくための課題は山積していた。それでも、ホンダが落ち着いて開発し、チャレンジし続けることができたのは、トストがホンダに余計なプレッシャーを与えず見守っていたからだった。
その忍耐力によってホンダは当時進めていた超高速燃焼という新しい技術を確立させ、戦闘力を根本的に向上させることに成功。レッドブルからの信頼も得て、2019年からPUの供給を開始し、ともに栄光の階段を上り始める。
成功への第一歩となったトストとの最初の1年を、ホンダの誰もが忘れることはない。そのことは、ホンダのF1撤退会見で八郷隆弘社長(当時)が「最もうれしかったのは、アルファタウリとピエール・ガスリー選手とともにイタリアGPで勝利を挙げたこと」と語っていたことでもわかる。
トストもこう言って微笑む。
「私にとっても、あの勝利は決して忘れられない宝物だよ」
トストとともにホンダがレースをするのは、あと18戦。記憶に残る戦いを見せてほしい。