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「その瞬間、ぼくは切れてしまった」鹿島アントラーズの主将がサポーターの“空き缶”を投げ返した日…“ジーコの精神”はいかに受け継がれたか? 

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熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byKazuaki Nishiyama

posted2023/05/16 11:01

「その瞬間、ぼくは切れてしまった」鹿島アントラーズの主将がサポーターの“空き缶”を投げ返した日…“ジーコの精神”はいかに受け継がれたか?<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama

1993年の本田泰人。鹿島アントラーズのキャプテンとして、ジーコの精神を継承した

「つば吐き事件」はなぜ起きたのか

 この怒りが第2戦、微妙な判定でヴェルディにPKが与えられて爆発する。物議をかもした、いわゆる「つば吐き事件」である。カズがPKを蹴る直前、ボールに歩み寄ってつばを吐き、退場処分となった。

「鹿島は唯一JSL(日本リーグ)2部から上がってきた雑草集団で、しかも不当な扱いを受けている。だからこそジーコは、勝たなきゃ収まらない。その思いが強すぎたんです。試合後は『俺はボールには吐いちゃいない、ボールの手前に吐いたんだ』と言い張って……」

 鹿島対ヴェルディは、Jリーグ最大の目玉カードとなった。それは雑草軍団とスター軍団の対決であり、地域と企業という理念の衝突でもあった。

 ピッチ内にも、火花散る対決があった。本田対ビスマルクである。

 ヴェルディ戦当日になると、ジーコは本田を呼んでこう言うのが常だった。

「悪いが今日はサッカーしなくていい。ハイエナのようにビスにつきまとってくれ」

「だからこそ、勝たなきゃ報われない」

 親分たっての頼み。断れるはずもない。

「でも複雑ですよ。ボールを奪ってパスすることはあっても、ほとんどボールに触れないですから。だからこそ、勝たなきゃ報われない。疲れるだけなんです。それにビスを抑えるのは、ものすごく大変で……」

 多くの選手に嫌がられた本田だが、マンマーク指令が出たのは対ビスマルクだけだという。ビスマルクのプレー写真の多くには、背後に本田が写り込んでいる。

「ぼくは中田英寿や小野伸二、中村俊輔とも対戦しましたが、彼らはぼくのゾーンにあまり入ってこなかった。でもビスは入ってくる。ぼくを抜けば、そこからチャンスになると知っているからです。彼は仕掛けてくるから、ものすごく疲れる」

 遠慮なくシマに踏み込んでくるビスマルクは、つねに冷静さを失わない厄介な敵だった。そんなビスマルクが一度だけ激高し、本田を突き飛ばしたことがある。このときの達成感を、本田はいまも忘れていない。

【次ページ】 ジーコが根付かせた「鹿島の伝統」

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