ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER
「前田日明vs“霊長類最強”カレリン」はいかに実現したのか? 引退試合につながった、前田とリングス戦士の深い絆「心と心で話しているか、って」
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2023/03/31 11:03
1999年2月21日、前田日明は自身の引退試合にて、五輪レスリング3連覇のアレキサンダー・カレリンと対戦した
「ココロとココロ」リングス・グルジア代表の口癖
前田 そうしないで、各国それぞれが自立したことで総合格闘技が世界に広まって、結果的には良かったからね。また旧ソ連の人たちって東洋人と合うと思うんですよ。彼らは義理人情がわかるんだよね。リングス・グルジア(ジョージア)のアルティミシュビリ・ノダリっていたじゃん。
――はい。リングス・グルジア代表ですよね。
前田 ノダリの若いときを知ってる? 若いときの写真を見たらポール・マッカートニーに瓜二つだったんだよ。
――えーっ! ノダリさんって、髪の毛の薄いミスター・ビーンみたいな顔した人じゃないですか(笑)。
前田 その写真見た時、ノダリに「ビートルズのファンなのか? なんでポール・マッカートニーの写真をこんなにいっぱい持ってるんだよ」って言ったら、「これ、俺だよ」って(笑)。ノダリが若いときは数学の博士号を持っていて、グルジアでサンボのチャンピオンだったんだよ。で、ノダリと話したら彼の口癖で「ココロとココロ」って言うんだよ。「心と心で話し合いましょう」っていう意味で。ロシア人やジョージア人で難しいのは、最初の3年くらいは「この人はどこまで信用できるのか?」っていうので俺のことをじーっと見てるんだよね。だからなんか距離があってよそよそしいんですよ。それで3年がすぎて、「コイツはホントに間違いない」って思った瞬間から、もうベタベタの家族になっちゃうわけ。
旧ソ連系の選手は最後まで誰も移籍しなかった
――たしかに、当時のロシアやジョージアの選手からは、他国の選手以上にリングスに対する愛着や思い入れを感じました。
前田 俺としては、オランダやブラジルとか世界のいろんな選手と平等に付き合っていたつもりだったんだよ。だからPRIDEが出てきて彼らに「ギャラ2倍、3倍」っていう話が来ても、みんな「いや、俺は前田との関係が大事だから」って言ってくれたんだけど。さすがに「5倍」って言われたら、そんなの行っちゃうでしょ。
――まあ、そうですね。
前田 でも、旧ソ連系の選手は最後まで動かなかったからね。ひとりも。
――たしかに2002年2月にリングスが活動休止になるまで、ヒョードル含めて誰も移籍しませんでしたもんね。
前田 だから「心と心」で話しているかっていうことを重要視する人たちなんだよ。もう日本の昭和初期、戦前の人がそのまま生きてる感じだったね。