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WBC甲斐拓也“まるでマンガ”の逆転人生「ドラフト最下位の序列に苦悩」…“170cmのキャッチャー”泥まみれの姿が忘れられない
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byCTK Photo/AFLO
posted2023/03/21 18:04
非エリート・甲斐拓也の物語は “マンガのような侍ジャパン”に欠かせないピースである
身長170cmしかなく、大分・楊志館高校時代の3年夏は県大会の1回戦で敗退している。甲子園出場は一度もない。
そんなキャッチャーを獲得したという以前に、スカウトがよく見つけたなと感心するくらいだ。
2010年のドラフト会議。ソフトバンクは育成4位で千賀滉大、育成5位で牧原大成、そして育成6位で甲斐を指名した。ホークスでは一番下の順位で、12球団全体でも97名中94番目でようやく名前が呼ばれた選手だった。
たしかにはじめから肩はめっぽう強かった。だが、小柄だし当時はとても細身だった。プロの世界でやっていけるのだろうかと正直疑って見ていた。しかもあの年のドラフトの支配下1位指名は、同じ高校生捕手の山下斐紹だった。
レギュラーを獲るのが最も難しいとされる捕手というポジションを、有望なドラ1と育成最下位が争っていくのだ。
プロ野球の厳しい現実を見せつけられたような気がした。
ドラフトあるあるで「プロに入団してしまえばドラフト順位など関係ない」との声も聞くが、実際はそんなことはない。入団1年目の頃、山下は二軍のリーグ戦で着実に経験を積み、10月には出場こそならなかったが一軍昇格を果たしたのに対し、甲斐は公式戦のない三軍が主戦場でチームの人数の都合などから三塁手を務めた試合もあった。
非エリートが日本代表になるまで
落ちこぼれ寸前だった非エリートが紆余曲折ありながらもひたむきに努力を重ねて、いつしかライバル関係のエリートを追い抜いてみせる――そんな漫画やドラマに誰しも一度は出合ったことがあるだろう。
そんなベタなストーリー。もし台本を書くとしても、ちょっと気恥ずかしくなってしまう。
だけど、そんなシナリオが現実のものとして、目の前で実際に起きていったのだ。
甲斐と山下の2人は常に比較対象にされ、周囲から好奇な目で見られることもあった。そんなある日のこと。甲斐は帽子のツバの裏側に、太めの黒のペンでこう書きこんだ。
「人はヒト」
当時使用していたキャッチャーミットにも同様の刺繍を入れてもらった。
「僕は自分のできることをやるだけ。他人のことを気にしても仕方ないですから」