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WBC甲斐拓也“まるでマンガ”の逆転人生「ドラフト最下位の序列に苦悩」…“170cmのキャッチャー”泥まみれの姿が忘れられない
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byCTK Photo/AFLO
posted2023/03/21 18:04
非エリート・甲斐拓也の物語は “マンガのような侍ジャパン”に欠かせないピースである
冷ややかな視線「あいつまたアピールしてるよ」
プロに入ったばかりの頃はボソボソと照れながら取材に応じていたし、なにより温和な笑顔そのままの穏やかな印象しかなかった。それが3年目あたりから、ただの“優男”ではなく、武骨なプロ野球選手らしさを身にまとうようになっていった。
這い上がるためになんでも必死にやった。よく覚えているのがキャンプ中の出来事だ。休日返上は毎回当たり前だったし、宿舎に帰ってからもファームの監督やコーチの部屋をノックして訪ねていった。なかには「あいつまたアピールしてるよ」と冷ややかな視線を送る選手もいた。甲斐の耳にも届いていただろう。しかし、気にすることなく自分の信念を貫いた。
また、どれだけ周りが「すごいね」と持て囃しても、甲斐はいつも冷静だった。
「僕にとってはいたって普通のこと。やるべきことがあるからやるだけです」
家に帰ってもほとんど野球のことを考え、テレビも見なかった。タブレットの電源を入れ、バッターの研究をする。翌日対戦するチームはもちろん、次のカード、そのまた次のカードの対戦チームまで見て夜が更けるのが日常だった。
メキシコ戦で強肩も披露
まるで「ウサギとカメ」の物語。カメだった甲斐は、脱兎の勢いでスター街道を突っ走っていった。ただ、甲斐は“走り続けるウサギ”だ。この世界に安泰という言葉など存在しないことが分かっている。だから、立ち止まらない。体中アザだらけになっても、悶え苦しむほど痛い時があっても、ホームベースの後ろを絶対に死守しようとする姿があるのはそのためだ。
今回の侍ジャパンが日本中を熱狂させている理由の1つは、漫画やドラマのような登場人物が現実に目の前でとんでもないプレーを見せているという“分かりやすさ”にあると思う。その中で甲斐は主役ではないかもしれない。それでもメキシコ戦で盗塁を防いだ強肩、豪華タレントの投手陣を淡々とした表情で引っ張る姿は、間違いなく日本の武器である。
10年前、背番号「130」をつけて毎日泥まみれで練習していた甲斐。非エリートの物語は “マンガのような侍ジャパン”に欠かせないピースである。
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