濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
〈井上尚弥の次の世界王者へ〉異色のボクサー武居由樹が“初めて手こずった”防衛戦から見えた期待感 那須川天心との対戦を望む声も大きいが…
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byPXB WORLD SPIRITS/フェニックスバトル・パートナーズ
posted2023/01/31 11:03
12月13日のブルーノ・タリモ戦は、ボクサー武居由樹にとって初めて長丁場の試合になった
トレーナーが「判定まで見据えていた」と語った理由
世界タイトルを狙う。あるいは守っていく。そのために必要なのはあらゆるタイプの選手、アクシデントも含めた予想もしなかったような展開に対応していくことだ。世界は広い。圧倒的な攻撃力でねじ伏せるような試合が常にできるとは限らない。だから、今回のような経験をした上で世界戦に臨むことも重要だった。
長期戦は作戦のうちだったと語ったのは、八重樫トレーナーだ。ねじ伏せるのではなく足を使った闘い方が続く中、武居に「それでいいよ」と声をかけていた。
「本来、判定まで見据えていましたから。今回は“ボクシング”をさせようと。足を使いながらのボクシングをさせたかった。倒す、倒さないという目先の目標ではなくて、彼(武居)のこれからのボクシング人生を考えると、しんどい試合をクリアしたのは大きかった」
早いラウンドでのKOを連発してきた武居だが、K-1時代は「ここでこの攻撃を当てるか」というセンス、彼独特の嗅覚も光っていた。タリモ戦はそれを思い起こさせるものでもあった。八重樫トレーナーが語った作戦は、POWER OF DREAMの古川会長とも確認し合ったものだそうだ。
所属ジム以外にも父と慕う“師匠”がいて、ジム側も尊重している。そんな関係性も武居の強みと言えそうだ。ボクシング界は他のプロ格闘技と一線を引いており、キックボクシングや総合格闘技でセコンドについたボクシングトレーナーが処分されたこともある。
武居の場合はK-1→ボクシングだからパターンとしては逆だが、とはいえK-1王者だったことが“売り”になっているのは面白い。彼を取り巻く環境においては、ボクシングが唯一にして最高の基準ではないわけだ。タリモ戦では、中継の解説を魔裟斗が務めた。
那須川天心との対戦を望む声も大きいが…
また武居のキャッチフレーズは“Greatest Krusher”。中継でも使われた公式なものだ。Crusherではなく“K”。武居に聞くと「K-1の中村(拓己)プロデューサーに相談して決めました」。もちろんK-1のKであり、Krushは武居が初めてプロのベルトを巻いたイベントだ。
K-1をやめてボクシングに来たのではなく、K-1ファイターとしてボクシングで勝つ。それが武居のスタンスだ。その上で、タリモ戦では“世界を狙うボクシング”をした。SNSでは、蹴りを使うシャドーやサンドバッグ打ちの動画もアップしている。
「あれはふざけてるわけじゃなくて、筋トレというか身体のバランスが整うんです。飛びヒザ(蹴り)とか、身体の連動で出すものなので。意味があってやってます」
K-1ファイターなのにボクシングに上手く対応しているというより、K-1ファイターだからこそ強いという面もあるのだろう。独自のスタンスで、武居由樹はボクシングでも世界の頂点を目指す。
そして今年は、那須川天心も帝拳ジムからボクシング転向を果たす。キックボクシングでのベストウェイトは55kg。対戦相手の都合で60kg前後で試合をすることもあったが、といって身体を大きくしてはいない。ボクシング転向を見据えていたからだろう。武居もK-1の55kg級チャンピオンだったから、両者のボクシングでの対戦を望む声も大きい。
ただ、どちらも世界王者候補。プロモーションが違うこともあり、闘うとすれば世界王座をかけてのものになるはずだ。ホープ同士で潰し合うことは考えにくい。武居由樹vs那須川天心が実現するとしたら、かなりのビッグマッチになるはず。ちなみに両者はかつて、アマチュアキックボクシングで対戦したこともある。
武居がボクシングで出世し、認められていく背景には物語、ドラマ性がある。彼は単なる“世界王者候補”以上の存在なのだ。
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