- #1
- #2
Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<藤井聡太王将に挑戦>羽生善治52歳に聞いた、“人生初負け越し”の昨季は「実験の1年」だったのか?「リスクを取らないと長期的にはいい形にならない」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/01/08 11:00
王将戦七番勝負で藤井聡太王将に挑戦する羽生善治九段。昨季は人生初の負け越しとなったが、羽生はどのような思いでその時期を過ごしていたのか
「AIによって将棋のフロンティアが拓かれているのは間違いない事実です。ただ、ソフトは10億、100億単位の計算をしてシミュレーションしていますけど、それを人間がどこまで受け止めて吸収できるかという問題がある。今後、ソフトの桁がどんなに増えても、人間が受け止められる量は決まっているので。もちろん、ソフトの思考のプロセスを想像することは大事です。ただ、人間が物理的な時間の中で見ているのは、将棋の全体像の1%にも満たない、ほんの一かけら。よっぽど(人間離れした)想像力がないと難しいんじゃないですかね。
研究から外れた後の局面も、難しい場面が増えている気がします。ソフトの手順の思考プロセスをお互い100%理解できていないまま進むので、羅針盤がない状態で難しい局面に放り出される。そこに対応するのは、プロといえども難しいです」
AIの評価は「人間の可能性を奪っているかも知れない」
――しかも、AIの示す手が本当に正解かどうかもわからない。
「そうです。だから、AIの評価を信じるべきかどうかはわからないです。ただ、影響は受けますよね。この手は可能性があると思っても、マイナス500点と言われたら、考える気力を無くすっていう……(笑)。なかなか掘り下げないですもんね。
ただそれは、人間の可能性を奪っているかも知れないんですよ。大きなイノベーションって確率や統計ではないところから生まれてきている。もし賭け的な創造をしたければ、AIの評価を見ないほうがいいという可能性もある。例えば感想戦ではソフトを使わずに、1時間くらいかけて何かしらの結論が出ますよね。家に帰ってソフトで調べたら、わずか10秒でその結論が全否定されることはよくあるんです。それはそれで虚しい(笑)。自分の頭で考えるのは大事ですけど、AIを見ないのは現実的ではないし、もの凄い時間の無駄なんです」