インタビューも中盤に差し掛かった頃、私は思い切って「勝負手」を指してみた。
――昨年沢山負け続けて得たものは何ですか。例えば、負けることの意味とは?
すると、それまで快調に話していた羽生善治は一瞬表情を変え、「ああ……」と唸ってから、「いや、うーん、そうですね、何て言えばいいんでしょうね……」と考え始めた。どんな手を返してくるのか。羽生がこんな風に言葉を探すときは、決まって意表を突いた答えが返ってくるはずだった。
羽生と向き合うのは4年と8カ月ぶりのことだった。初めて話を聞いたのは2010年10月、羽生が40歳になった直後のことで、それから9回のロングインタビューを行い各誌に寄稿してきた。
その間、羽生は加齢による衰えを感じさせない活躍ぶりだった。'14年春に3度目の名人復位を果たし、43歳で四冠王となった。'17年冬には竜王を奪取し「永世竜王」の称号を得て「永世七冠」という空前絶後の大偉業を成し遂げた。'18年9月に上梓した拙著『超越の棋士 羽生善治との対話』(講談社)の中で、当時私はこう書いている。
《この人には「世代交代」という言葉はそぐわないのかもしれない。(略)現実にはそう遠くない将来、羽生のタイトルがゼロになる日が来るだろう(略)それも自然なことに思えてくるのだ》
その日は意外と早くやってきてしまった。
'18年冬の竜王戦で広瀬章人八段にフルセットの末敗れて防衛に失敗。通算獲得タイトル100期達成が叶わなかったばかりか、27年ぶりに「無冠」となった。その後、'20年に豊島将之の持つ竜王に挑戦したものの敗退、タイトルの無い日々が続く。
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