水沼貴史のNice Middle!BACK NUMBER
マリノスが未来を託した左足「中村俊輔の出現はOBとして頼もしかった」水沼貴史が語る和司さん以来の衝撃と“バナナ”持参のイタリア出張
text by
水沼貴史Takashi Mizunuma
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2022/11/11 17:00
ルーキー時代の中村俊輔。大きな期待を背負ってマリノスに入団した
散々語り尽くされているかもしれないですが、やはりセルティック時代のFK(2006年CL、マンチェスター・ユナイテッド戦)はキャリア最高だったのではないでしょうか。
ボールをセットしただけで観客が前のめりになる――そんな選手はマリノスでも(木村)和司さん以来、いなかったですからね。しかも当時はアツ(三浦淳宏)もいて、どっちが蹴ってもゴールの枠に入っちゃう(笑)。あれだけの期待を背負えるプレースキッカーは、もう出てこないかもしれないですね。
若い選手に伝えたいのは、俊輔は“練習の虫”だったこと。FKに関しては角度や足の当てる場所、ボールの置き方とキックのディテールには徹底的にこだわり、その蹴り方を習得するためにボールをずっと蹴り続けてきた。練習場でも残ってボールを蹴る姿は何度もみてきました。イメージだけであの境地に到達したわけではないんです。
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だからこそ、足首の負担が大きかったのもあると思うけど、その姿勢は学ぶべきことが多いと思います。練習相手になっていたGKたちに話を聞いてみるのも面白そうですね。いま、マリノスでコーチをしている榎本哲也あたりに聞いてみましょう(笑)。
“バナナ”をもってイタリア出張
残念ながら俊輔とは一緒にプレーしたことも、指導者として接したこともありません。ただ、取材でお世話になりましたね。それこそ『スーパーサッカー』(TBS)の企画で、“バナナ”をもってレッジーナまでいきましたから(笑)。結果はちょっと忘れちゃったけど、とにかく面白かった。俊輔もこの思い出話になった時に「あれはやばかったですね」って言ってました。
そういった企画取材だけじゃなく、ミックスゾーンでは立ち止まって話をしてくれたり、スタジアムでは必ず声をかけてくれた。技術だけじゃなく、その人柄にも惹かれるところがあるんですよね。当時から本当によく喋る選手で、ご飯を共にした時はずっとサッカーの話をしていた。ピッチでも視野の広さを感じさせますが、オフザピッチでも人のこともよく観察する人でした。