酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
〈オリックス日本一と御堂筋パレード〉“道頓堀ダイブ”の阪神もやったけど…昔は“ノムさんが主力・南海ホークスが本家”だったワケ
posted2022/11/01 06:01
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
Hideki Sugiyama/JIJI PRESS
日本シリーズの1、2戦で神宮球場のスタンドに座ったときは、意外に暑くてセーターを脱いだくらいだが、6戦目で戻ったときは、薄手のダウンジャケットが重宝した。季節は進んでいるなと思った。
あの京セラドームでの第5戦、吉田正尚の劇的なサヨナラホームランで、形勢は一気にオリックスに傾いたのだろう。
第6戦、ヤクルトの安打は先頭打者・塩見泰隆の中前打だけ。5四球を選んだから、そこまで劣勢の印象はなかったが、勝機はなかった。筆者は前のコラムで「吉田正尚にサヨナラ本塁打を打たれたマクガフは使えない」と記したが、「いや、高津監督は使う」との声がいくつかあった。
果たして0-1の9回にマクガフがマウンドに上がった。不明を恥じたい。高津臣吾監督の「選手を信じる」采配に胸が熱くなったが、残念なことにマクガフは自らの失策を起点に決定的な2点を失った。
両監督、ファンともに素晴らしいシリーズだった
1番打者に苦しんでいたオリ中嶋監督は6戦、7戦と連続で21歳の太田椋を1番に起用。7戦ではその太田がサイスニードの試合開始第1球をバックスクリーンに運んだ。試合が終わってみれば――この1点がなければ、オリックスは9回に中嶋監督を胴上げすることはできなかったのだ。
この試合では、ヤクルト一塁のオスナがピンチをしばしば好守備で救った。打撃の印象が強かったが、彼は野球センス抜群なのだ。そして起死回生の3ランホームランも。ヤクルトファンも大いに盛り上がった。
試合後、ヤクルトナインは右翼席に向かって一礼するとベンチに引き上げたが、高津監督は列から離れて三塁側の中嶋監督に歩み寄り、健闘を称え、優勝を祝福した。ベンチへ戻る高津監督は何度も涙をぬぐっていた。選手にも相手チームにも優しい、本当に素晴らしい監督で、良いシリーズだった。
筆者は6、7戦は一塁側、ヤクルトファンの中で観戦した。オリックスファンではないが、関西弁がばれて良からぬことが起こっても困るから、ビールを頼む時は思い切り「標準語」だった。間違っても「おおきに」とは言わなかった。
しかし試合が終わってオリックスナインがベンチから飛び出してくると、一塁側の観客席からも大きな拍手が起こった。各球団のファンを比べるわけではないが――ヤクルトファンは素晴らしいなと思った。