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「落合さんには打たれていいけど…」若き松井秀喜の穴を攻め切った「仰木マジックと専用左腕」とは〈日本シリーズ秘話〉
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph bySports Graphic Number
posted2022/10/25 11:02
際どいボールをよける松井秀喜。オリックスは「シリーズから消す標的」として攻めてきた
「当時の松井はもちろん凄いバッターになっていました。ただ、その後の円熟期と一つだけ違ったのが、いい打球はほぼセンターから右方向だったということですね。その後は逆方向にも凄い打球を飛ばすようになるんですけど、あの当時はまだそれがなかった」
インハイを見せて、低めに落ちる球と外に逃げていく変化球を引っ掛けさせる。それがバッテリーミーティングで徹底された対松井チャートだった。
シリーズ開幕戦。先発した左腕の星野伸之は松井に5回、見せ球にするはずのスローカーブを右翼線に二塁打されたが、他の2打席は低めに落とすフォークを勝負球に三振を奪った。そして7回2死二塁で松井を迎えると、仰木は野村貴仁をマウンドに送った。
「開幕前から、勝負どころでは松井に野村、と言われていました」(高田)
不思議だったのは、仰木さんが野村を…
野村はこの年、中継ぎエースとして54試合に登板した左腕で、145km前後の直球と左打者の外角に鋭く逃げるスライダーを武器にしていた。狙い通りにこの打席の松井を外角スライダーで空振り三振に打ち取ると、仰木はすぐさま鈴木平にスイッチ。その鈴木が9回に大森剛の同点ホーマーを浴びたが、最後は延長10回にイチローの決勝アーチが飛び出し、オリックスが初戦をモノにした。
「不思議だったのは、仰木さんが野村を、ほとんど松井にしか使わなかったことなんです」
高田は振り返る。
「野村は決して右打者を苦にするタイプでもなかったですから、あのシリーズでは非常にもったいない使い方だったんです。1回だけ松井以外の場面で使いましたけど、それ以外は終盤の打席で松井一人を抑えると交代。ボールも悪くなかったし、何でもっと投げさせないのか、とマスク越しに思っていました」
第5戦で決着したのは、ラッキーだったんです
これはおそらく仰木独特の思考なのだ。松井を抑えることで巨人の勢いを抑える。そのためにジョーカー的なカードとして野村を使うのだから、色気を出して他の打者に打たれてしまったら松井への神通力も消えてしまう。それなら野村は可能な限り、松井封じに専念させようということだろう。
結局、このシリーズで野村は登板のなかった第4戦以外、終盤の勝負どころで4度松井と対戦している。そのうち3度までは抑えたが、4度目の対決となった第5戦では松井が初めて野村を打ち崩した。
「スライダーが甘く入ったところを右中間に打たれたんです。ただ正直言って、キャッチャーとしてはもうあの頃は手詰まりだった」
高田がこう語るように、もともと野村には真っすぐとスライダーの2つの球種しかない。様々なパターンを駆使して松井を攻めたが、所詮は2つに1つで、配球も限界だった。