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オリックス山岡泰輔が“能見さん”にキャッチボールを頼んだ理由「残り少ないと思うんで、大事にしていきたい」日本シリーズで現役最後の登板も
posted2022/10/25 11:03
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph by
Sankei Shimbun
能見篤史が突然、固まった。
9月30日の試合後に行われた引退セレモニー。快調に滑り出したと思われた能見のスピーチが、突如止まった。少しの間のあと、表情を変えずに言った。
「ちょっと飛びました。なので紙見ます」
静まり返っていた球場が笑いと拍手に包まれた。
能見はおもむろにポケットからメモを取り出して確認し、それをしまってからまた話し出した。
その後も何度か紙に目をやりながら、スピーチは無事にフィナーレを迎えた。
能見は何をやってもスマートなイメージがあったため、意外なシーンだった。だがそれはあっさりと打ち消された。
「いや、結構ありますよ。あれが普通の能見さん。あんな感じっす、毎日」
そう言ったのは山岡泰輔だ。能見の後ろに整列してスピーチを聞いていた若手投手たちがニヤニヤしていたのはそういうことだったのか。山岡はこう続けた。
「能見さんっぽいなって思いましたよ。みんな、そんな感じだと思いますよ。じゃないと、あんなに慕われないでしょ」
なるほど。能見が後輩たちに慕われるのは、隙のない大先輩だからではなかった。
テレビで見ていた能見さん「めちゃくちゃ三振取る人」
山岡もそんな能見を慕う1人だ。今シーズン、山岡のキャッチボールの相手は毎日、能見だった。
「僕が左投手とキャッチボールしたかったのと、ずっと同じ人と1年間やりたかったので。同じ人にとってもらうほうが、その日の状態がわかるから、能見さんに頼みました。『キャッチボール(相手)いますか?』って聞いて、いなかったので、『じゃやりましょう』って」
山岡にとって能見は、子供の頃に一番よく見ていた選手だった。
「じいちゃんが阪神ファンで、家では毎日テレビで阪神の試合が流れていたから。能見さんが投げている姿は、たぶん小学生ぐらいから見ていましたね。僕はあんまり誰かに憧れたりすることがないんですけど、すごいなーと思っていました。ずっと一定というか、全球種同じフォームで投げられる。右と左で違ったし、まだ小学生だったから参考にすることはなかったけど、めちゃくちゃ三振取る人だなーと思って見ていました」
その選手とチームメイトになり、毎日キャッチボールをしている現実に、「すごいことだと思いますよ」と笑った。
山岡は、年上の選手からもアドバイスを求められるほど知識が豊富だが、能見との会話には新しい発見があふれていた。「毎回、毎日、勉強させてもらっています」と感謝する。