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「引いて守るのは損、仕掛けがどんどん早くなり…」将棋界のシメオネ・渡辺明名人が盤上の攻防で例えた、W杯を勝ち抜く戦術論
text by
渋谷編集室 with ABEMASports Graphic Number with ABEMA
photograph byKiichi Matsumoto
posted2022/09/30 11:00
将棋とサッカー、戦いの種目は違えど、勝負師ならではの戦術論を語った渡辺名人
――将棋も戦術を駆使して戦う競技ですが、“渡辺監督”と戦術の使い方が似ていると感じるサッカーの監督はいますか?
渡辺 僕は守りを固めて、少ない手数で攻める将棋が好きなんです。サッカーで言えば、引いて守りを固めて、足の速い選手を使って攻めるようなイメージです。でも、近年の将棋界では「引いて守る」ことがやりづらくなったんです。AIが登場するまでは“遠く”、つまり試合中盤以降の戦況が見えなかったからこそ、「まずは引いて守っておけば間違いないよね」という戦い方ができました。
ところがAIが浸透して“遠く”が見えるようになると、それが評価されず「引いて守るのは損」という時代になった。戦術が複雑化して、仕掛けがどんどん早くなったんです。
――戦術の変化も、サッカーと将棋で共通しているかもしれませんね。サッカーでも引いた相手を崩すための選手の立ち位置や、より相手ゴールに近いエリアでの守備方法が整理され、90分間“ベタ引き”で守るチームは減りました。
渡辺 決して詳しくはないのですが、おそらくサッカー界にもAIによる戦術分析や映像解析が浸透してきているでしょうし、各クラブが専門の分析官を雇っているとも聞きます。今ではゴールキックからパスをつないで相手ゴールまで行くチームも増えていますけど、あれも分析を通じて選手全員が組織的な動きを理解しているからこそできることだと思うんです。
日本はベスト8を狙える
――カタール・ワールドカップでは、各国の戦術にも注目です。ずばり、渡辺名人が考える優勝候補は?
渡辺 ブラジル、フランス、ドイツ、スペインがSランク。将棋で言えば、この4カ国がタイトル保持者のような存在だと思います。それに続くのが、ポルトガル、イングランドあたりかなと。よりによって、そんなSランクのうちの2カ国と……。
――日本がグループステージで対戦することになりました。
渡辺 一番きついグループに入りましたよね。「こんなに強い国との対戦が決まって嬉しい」という声も聞くんですが、選手たちもそう思っているんですかね(笑)。将棋でも、例えば「藤井聡太さんと対戦できて嬉しいです」とコメントする棋士もいるのですが、僕だったらトーナメントの上の方で当たりたい。その方が目立てますし、結果も残りますから。
でも、組み分けを嘆いたところで意味がないですよね。僕は今回の日本代表にすごく期待していて、ベスト8を狙う力もあると思っています。決勝トーナメント表を見ると、日本がグループEを2位通過して、ブラジル、フランスが順当に1位通過すれば、「Sランク」とは準決勝まで当たらないんです。だからこそ、うまくグループステージを勝ち抜くことができれば、ひょっとするとベスト4まで進む可能性だってあると思っています。
(構成=松本宣昭)
渡辺明(将棋)(わたなべ・あきら)
1984年4月23日、東京都生まれ。15歳で史上4人目の中学生棋士としてプロデビューし、04年には20歳で竜王を獲得。13年には竜王、王将、棋王を獲得し、史上8人目の三冠に。現在は名人と棋王に在位するほか、永世竜王、永世棋王の称号を得ている。