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渡辺明が棋聖戦直後に新幹線で語っていた、藤井聡太の“違いすぎる終盤力” 「現状では藤井さんに勝つプランがありません」
posted2021/06/05 17:01
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
Wataru Sato
棋聖を失った直後に応じたインタビュー記事を特別に公開する。[初出:Sports Graphic Number 1010号(2020年9月3日発売)<新名人の決意>渡辺明「敗北の夜を越えて」(肩書等すべて当時)]
歴史的決戦の直前に、負けた時のことを考える勝負師がいるのだろうか――。
史上最年少の17歳10カ月20日でタイトル戦初挑戦を決めた藤井聡太と対峙したのは、渡辺明三冠だった。社会現象を巻き起こした若き天才を現役最強とも称される棋士が迎え撃つ。第91期棋聖戦五番勝負には、将棋界の枠を超えた注目が集まっていた。
第3局を終えた時点で、天才は衝撃という言葉ではとても追いつかない戦いを見せていた。
第1局は▲1三角成、第2局は△3一銀。藤井はそれぞれの対局で、渡辺が「まったく気づかなかった」という妙手を繰り出して勝利をさらったのである。敗れれば失冠する第3局こそ渡辺は、精度の高い研究でリードを奪って逃げきるという得意の勝ち方を披露したが、崖っぷちであることに変わりはない。
「負けたら新幹線で取材してほしい」
私は、7月16日に大阪の関西将棋会館で行われる第4局のレポートを専門誌から依頼されていた。将棋界は棋士と記者の距離が近い。プロの将棋は専門性が極端に高いため、対局者から解説を受けなければ内容が理解しづらい側面がある。
とはいえ対局当日は疲労困憊だし、取材は日を置くのが普通だ。ただ、このレポートの締め切りは翌日の昼。対局者に独自に取材する時間はなさそうだった。しかし渡辺から異例の申し出があった。終局後の夜に応じてくれるというのだ。
渡辺の将棋を10年以上観戦してきた私でさえ、対局日の夜の取材を事前に約束したことは一度もなかった。
対局の2日前、渡辺からLINEでメッセージが送られてきた。「自分が負けた場合は藤井が初タイトル獲得となるので、おそらく社会的なニュースになる。よって外で食事をしながらの取材は難しい。負けたらその日のうちに帰京するので、新幹線の中で取材してほしい」という趣旨だった。
「負けた場合は」というフレーズに一瞬、心臓の鼓動が速くなった。感謝の返事をするのが精一杯だった。