甲子園の風BACK NUMBER
「失敗した球児を責めない」「継投で育成と勝利の両立」仙台育英・須江監督、国学院栃木・柄目監督39歳は“高校野球の定石”を覆した
text by
間淳Jun Aida
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/08/28 11:01
仙台育英の須江監督。「青春ってすごく密」との言葉が話題になっているが、それを体現するかのような指導だった
下関国際戦で好投した背番号10の斎藤蓉投手は、県大会では怪我でメンバーから外れている。甲子園に連れてきてくれた仲間に感謝し「自分にない良さが他の投手にはあります。刺激になりましたし、自分の色を出していかないといけないと思っていました」とチーム内競争の効果を口にする。
須江監督が複数投手制の先に見据えるのは選手たちの将来である。
高校で特定の投手に登板が偏れば、怪我で未来が断たれるリスクは高まる。登板機会のない投手は野球に興味を失い、大学や社会人で開花する可能性を奪うかもしれない。
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投手だけではなく、今大会の初戦・鳥取商戦でベンチ入りメンバー18人全員を出場させた采配にも、須江監督が目指すチームの原点が表れている。
満塁弾の岩崎とのハグ、打席前に伝えていたこと
選手との関係性も、新しい時代の到来を感じさせた。
下関国際との決勝。7回に試合を決定づける、満塁ホームランを放った岩崎生弥選手がダイヤモンドを一周しベンチに戻ってくると、笑顔で迎える須江監督と抱き合った。監督と選手という絶対的な主従関係に疑う余地がなかった以前の高校野球を踏まえると、異質に映る暖かみのある光景だった。
この打席の前、須江監督は岩崎選手のもとへ伝令を送っていた。3点リードの1アウト満塁。攻撃でも守備でも多彩な引き出しを持つ仙台育英だが、伝令は作戦面の指示ではなかった。
「ここはスクイズの場面ではないよ。自分に自信を持ってバットを振り抜くところ。監督は腹を決めている場面だから」
選手は併殺打でチャンスを潰す怖さが頭によぎる場面。どんな結果でも、責任は監督が取る。指揮官は選手の頭の中を整理し、背中を押した。そして、選手は最高の結果で応えた。
「須江先生には病気で苦しい時も電話を」
東北の期待を一身に背負った決戦前から、須江監督と選手たちの考えは共有されていた。過度な重圧や硬さはない。指揮官は「宮城大会の1回戦と同じ空気感でした」と振り返る。選手たちに多く言葉は必要なかった。
「ここまで来るにあたって自分たちが成長していると自負できるはず、強気の姿勢と冷静な思考、そして笑顔を忘れずにやろうとだけ伝えました。選手たちは決勝の舞台に浮つくことなく、心の置き所がしっかりしていました。技術的にもやるべきことが整理されていたので、試合中もサインは出しますが、指示はほとんどありません。監督も選手もストレスなくやっていました」
須江監督は甲子園の舞台で特別な指示を出していない。ここにたどり着くまでに、選手との信頼関係は構築されていた。決勝で満塁ホームランを放った岩崎選手は言う。昨年6月に逆流性食道炎などを患って、1カ月間ほぼ寝たきりの生活を余儀なくされ、県大会では背番号を手にできなかった選手だ。