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甲子園の風BACK NUMBER
仙台育英に“70点以上の差”で負けても…「恥ずかしいと思ったら、生徒に失礼」宮城の35歳監督が語る“過疎地の高校野球”は今…
text by
樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byNumber Web
posted2022/08/29 11:01
全国高校野球選手権大会の参加校は2003年の4163校をピークに減り続けている。加美農・佐伯友也監督(35歳)に過疎地のリアルを聞いた
2019年5月26日。現在千葉ロッテマリーンズで活躍する大船渡高の佐々木朗希が加美農の専用グラウンドに来て、練習試合を行った。当時ドラフトの超目玉として注目を集めていた佐々木。厳戒な取材規制が敷かれ、どこで投げるか、いつ投げるかが日本中で注目されていた。その佐々木がなんと、加美農・一迫商・岩出山の3校連合チームの試合で先発したのだ。佐々木はこの試合でも146キロをマークし噂に違わぬ豪腕を見せつけ、4番としてホームランも打った。
一方、3校連合も奮闘した。初回に四球、盗塁、送りバント、犠牲フライで1点をもぎ取ったのだ。試合は1-17の完敗。佐々木は5回まで投げてくれた。翌日のスポーツ紙で3校連合の奮闘を取り上げる記事はなかったが、佐々木朗希の球歴の中に「加美農」の文字はしっかりと刻みこまれた。
佐伯監督は「凄いピッチャーでした。プロに行く選手ってこういう選手なんだな」と振り返る。当日は東京からの報道陣やスカウトが大挙して、騒ぎになった。もちろん、全国ニュースとしてテレビでも放映された。
「佐々木君、ここで投げたんだよな」
「バックネット裏が見たことない光景だったよな」
「メジャーのフィリーズのスカウトまで来てたもんな」
「考えてみたら初心者相手に……超こえーよな(笑)」
3年前の出来事を昨日のことのように話すスタッフ陣は野球少年のような顔だった。
仙台育英に「70点差」の試合後も…「またお願いします!」
この“スペシャルマッチ”が実現できたのは、佐伯監督が交流のある國保陽平監督に直談判したことがきっかけだった。練習試合の予定がびっしり埋まっている大船渡に「公式戦で負けて予定が空いちゃったら、でいいので!」と懇願。大船渡が春の岩手大会初戦で釜石に負けたことで実現したのだ。しかもこの釜石戦で佐々木は投げていない。当時、國保監督は佐々木の登板にナーバスになっており、登板日を明言していなかった。一方、スカウトと報道陣はいつ投げるかわからない佐々木を追い続けていた。佐々木がなぜ連合チームを相手に先発したのかは不明だが、親交の深い佐伯監督の熱すぎる熱意に國保監督が応えたのではないかと推察する。選手に言った「いい景色を見せてやる」の約束を果たした。
佐伯監督は仙台育英、東北、花巻東、盛岡大付、一関学院……。強い相手にもどんどん練習試合を申し込む。今年の6月には、のちに甲子園出場を決める秋田・能代松陽(旧・能代商、能代北)にも挑んだ。強豪校と練習試合を組む場合、たいていはBチーム(二軍)が相手になるのだが、それでも絶望的なスコアで負ける。仙台育英には70点以上取られた試合もあった。それでも最後は「またお願いします!」と再戦をお願いする。