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所英男「僕がやることは一つ」新世代王者に敗北も“44歳のRIZIN参戦”はなぜ感動を呼んだのか? “総合格闘技の歴史”を背負った男の現在地
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/08/09 11:00
所英男にとっては1年7カ月ぶりのMMAマッチとなった神龍誠戦。敗れたものの、大きなインパクトを残した試合だった
挑発する22歳の神龍と、どこまでも実直な所
『RIZIN.37』での対戦相手は22歳のDEEPフライ級王者、神龍誠。いま現在の勢い、フライ級での戦績で言えば所よりも上だ。対戦発表の記者会見で、神龍は「所選手、引退試合で俺みたいな天才とやれてよかったと思います。今回のテーマはオヤジ狩りです」と挑発。どこまでも実直な所とは対照的だった。所は公開練習の際、神龍をこう評している。
「体も凄いしスピードも速い、技も今のMMAっていうんですかね、自然にできている。本人も言ってましたけど天才なんだろうなって。うらやましいです」
神龍が“今のMMA”なら、所の闘いは何かと聞いてみた。答えは「総合格闘技」だった。MMAがルールや環境が整備された世界的スポーツとしての呼称なら、総合格闘技はそれより一つ前の時代という意味合いだろう。
「矢野(卓見)さん、今成(正和)さんに憧れて、強くなりたくてスポセン行って。僕はその続きをやってるだけで……」
変幻自在のサブミッション
そう言ってタオルを目に当てる所の姿に、質問したこちらも涙ぐんでしまった。スポセンとは「新宿スポーツセンター」のこと。この施設の武道場で、多くの格闘家たちが自主練習会を行なってきた。20年も前の時代だ。ジムも指導者の数も、今では考えられないくらいに少なかった。そのため“独学”や“見よう見まね”で強くなるしかなかった部分もある。だからこそオリジナリティが磨かれたということもあるだろう。
そういうところから「総合格闘技」をやってきて、絶頂期とスランプとブームを経験して、その歴史の上で今、日本フライ級最高峰にして最先端の選手に挑む。階級を下げ、神龍と闘うことは所が“余生”を送っていない証明だ。歴史を背負った44歳が、今を懸命に生きている。
リング上でも、目立ったのは所の懸命な闘いぶりだった。
持ち味である変幻自在のサブミッションを矢継ぎ早に繰り出す。不利に見えるポジションからでも、気がつけば腕や足に絡みついている。他の選手の試合なら「この位置からは攻撃が出せない」といった予測ができるのだが、所の場合はいつ、どこでどんなフィニッシュが訪れてもおかしくないのだ。セコンドの勝村周一朗曰く「いい意味でも悪い意味でも“やらかす”選手」が所英男なのである。