濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
所英男「僕がやることは一つ」新世代王者に敗北も“44歳のRIZIN参戦”はなぜ感動を呼んだのか? “総合格闘技の歴史”を背負った男の現在地
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/08/09 11:00
所英男にとっては1年7カ月ぶりのMMAマッチとなった神龍誠戦。敗れたものの、大きなインパクトを残した試合だった
「現実は厳しいです…」それでも見事な姿だった
そんな所のアタックを、神龍は徹底的に潰した。ディフェンスし、動きを潰して拳を落とす。判定をものにしたのは、的確にダメージを与えた神龍だった。
「何もやらせてもらえなかった。現実は厳しいです」
インタビュースペースでの所の言葉だ。「何もない試合になってしまった」、「RIZINではみんな凄い試合をしている。そこに食い込める試合ではなかったと思うので」とも。今後については「需要があれば」、「勝てば道が開けたと思うんですけど。自分で閉じちゃった感じです」。RIZINには所英男が必要だ、といったSNSでのファンの声を伝えられ、感極まる場面もあった。
会場で、あるいはPPVで観戦していた格闘技ファンにとって、所の試合ぶりは決して恥ずかしいものではなかった。大健闘、という言葉もちょっと違う。最終的に攻撃を潰されたにしても「僕がやることは一つ」とサブミッションを狙い続ける姿、自分から試合を動かす闘いは見事なものだった。この試合で所英男という魅力的なファイターを“発見”した若いファンもいたかもしれない。
試合後のインタビューを終え、控室に戻る所に思わず声をかけた。いい試合でしたよ、まだ全然いけるじゃないですか。もう一丁でしょう――。
ダメージもあることだから、引き際は自分で決めるものだ。現役を続けてほしいという言葉がありがた迷惑なこともある。完全に余計なことと分かっていながら、この時の所には何か言葉をかけたかった。
所自身、フライ級に落としてもしっかり動けたという実感はあったようだ。相手のパンチもよく見えていた。調子がよかったからこそ「もっとできたはずなのに」と感じ、ネガティブなコメントにつながったのかもしれない。
勝った神龍が泣いていた「所さんが試合を盛り上げようと…」
所英男という“総合格闘家”の凄味と奥深さ。それを誰よりも感じたのは他ならぬ神龍だった。試合前は「ヒール」としてあえて毒づいたという神龍だが、試合内容に関しては「やってしまったなと」。所については率直に「強かったです」と語っている。
「(戦前の)発言に見合う試合が見せられなかった。反省してます」
試合を終えた神龍が泣いていたのも印象的だった。
「悔しかったです。もっと圧倒的に勝たなきゃいけなかった。所さんが(動き回って)試合を盛り上げようとしていたのに、僕がダメだったのかなって」
所はいつものように攻めまくって観客を沸かせた。神龍はそれに対する“リアクション”になってしまった。そういう反省だ。「所さんがいい動きをして盛り上げるシーンを作ってしまった」と神龍。本人としては自分の攻撃で展開をリードし、フィニッシュしたかったのだろう。所はそれをさせてくれなかった。
やはりそうだった。所自身が思うよりも、彼はずっとよく闘えていたのだ。もちろん神龍も試合後の興奮状態にあり、冷静に試合を振り返ることができていたかどうか分からない。ただ観客とは見方が一致していた。さらに神龍は、試合後にこんなことを言われたのだと取材陣に明かした。