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「夏の大会は残酷です…今日で高校野球最後の3年生がいますから」人口7000人・離島野球部の“快進撃”を止めた、あるシード校監督の告白 

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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posted2022/07/28 17:02

「夏の大会は残酷です…今日で高校野球最後の3年生がいますから」人口7000人・離島野球部の“快進撃”を止めた、あるシード校監督の告白<Number Web> photograph by AFLO

人口約7000人の伊豆諸島・八丈島。都立八丈高校野球部は6年ぶりの勝利を挙げ快進撃を続けていたが…(写真はイメージです)

 あぶないな……と思った小田川監督、おい、みんな、どうしたんだ、とダグアウトで選手たちにこんな話をしたという。

「確かに球場はやりにくい雰囲気かもしれない。でもさ、だからこそウチらしく、いつもの堀越らしく野球をやろうよ。ウチらしく一生懸命頑張って、もし勝てたら『オレたちのこの夏の最後の相手が、堀越でよかった』って、八丈の選手たちに言ってもらえるような、そういう試合をしようよ。それには、なんだ? そうだ、全力疾走、全力プレー、ベンチからの懸命な声かけ……いつも通り、自分たちにできることを全力でやろう」

 そのあたりから、選手たちの気持ちがふっ切れたんじゃないかな……小田川監督がそう振り返った通り、5回に中押し、そして終盤には3点を奪って、コールドで試合を決めている。

「ウチはねぇ、ボーイズやシニアからスーパー中学生が入ってくるチームでは決してないんです。硬式なら、試合になかなか出られなかった選手たち、それに部活の軟式野球で頑張ってきた子たちばかり。好きで始めた野球を一生懸命続けながら、コツコツ努力して、ちょっとずつ、ちょっとずつ上手くなってきた……っていうんですかね、そういう選手たちの集まりですから」

 相手が話題のチームであろうと、強豪であろうと、身の丈に合ったいつもの野球を淡々とやりこなして、結果、「勝ち」がもう1つ積み上がった。

 小田川監督と堀越の選手たちにとっては、そんな一戦だったのかもしれない。

「夏の大会は残酷です」

「夏の大会が残酷なのは、必ずどちらかが負けて、その中に、今日で高校野球が最後になる3年生がいることなんです」

 温和な小田川監督の語り口が、少しキッとなったように思えた。

「もし自分たちが“勝者”になった時、相手のチームには、今日が高校野球の卒業になる3年生たちが何人もいるわけです。その3年生たちにとって、高校野球の最高の卒業式になるように、『負けたけど、相手が堀越だったから、最高の卒業式になったよ』と言ってもらえるような対戦相手でありたいよなって、生徒たちに言うんです。そういう彼らだって、遅かれ早かれ、いつかは卒業式を迎えるんですからね」

 毎年、その日は「卒業生」以上に泣いてしまう小田川監督を、私は知っている。

「最高の立会人になっていたら、きっと最高の卒業式を迎えられる。そうやって高校野球を終えてくれたら、きっといつまでも野球が好きなままでいてくれる。野球を続けてくれると思うんです。選手として、指導者として……だけじゃなくても、たとえば子どもができてお父さんになったら、その最高のキャッチボールの相手として“野球”を続けてくれる。高校野球って、それだけでも十分だと思うんです」

 小田川監督、そんな沁みる話をさんざんしてくれたあとに、

「でも、勝ちたいですよね……やっぱり」

 いつも、そうやって、いたずらっぽく笑う。

「夏の高校野球」……日本じゅうの球場のあちらこちらで、「卒業式」が行われていく。

(※堀越高は7月25日の準々決勝で帝京に0対7、7回コールドで敗れている)

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