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高2のダルビッシュは、なぜ涙を流したのか? ケガをしながら先発も優勝には届かず…主将に抱きつき口にした「すいませんでした…」
posted2022/08/16 17:02
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
JIJI PRESS
理由がなければ練習でも走らない。体が痛ければ、大事な一戦でも降板する。異端の2年生エース・ダルビッシュ有は甲子園決勝で、怪我を抱えてなお、時に笑みを浮かべて投げ抜き、敗れ去った。そして、涙とは無縁に思われていたはずの男が、誰よりも泣いていた――。当時の主将・片岡陽太郎と女房役・佐藤弘祐が回想する後輩ダルビッシュの姿とは?
Number1008号(2020年7月30日発売)より「ダルビッシュ有が流した一度きりの涙」を特別に無料公開します(肩書はすべて当時)<全2回の後編/前編はこちら>
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大嫌いな言葉であるはずの「気合」や「根性」というものに…
ダルビッシュは投げ続けた。
イニングを終え、ベンチに戻るたび佐藤は訊いた。「大丈夫か?」「大丈夫です」
佐藤は、ダルビッシュが大嫌いな言葉であるはずの「気合」や「根性」というものに頼って投げる姿を初めて見た。
佐藤もまた1歳下のダルビッシュとバッテリーを組むことによって野球観を塗り変えられた選手のひとりだった。
《すごい球を投げるということは確かですが、それより驚いたのは負けたら終わりの高校野球で、彼が打者との駆け引き、一対一の勝負そのものを楽しんでいたことです。そういう個性は見たことがなかった》
相手の8番や9番バッターには明らかに力を抜いて投げていた。それによって痛打されることもあるのだが、逆にクリーンアップを相手にした時や、得点圏に走者を背負った場面では鬼気迫るボールを投げ、ほとんど打たれることはなかった。それを見て「手抜き」「不真面目」と言う人もいたが、佐藤にはむしろ彼の覚悟のように思えた。
今日カットボールいけそうなんですけど、いっていい?
佐藤は高校2年生の5月、病気で父を亡くした。小学生の時、母も亡くしていた佐藤は16歳にして姉と二人きりになった。背番号2をもらい、正捕手のポジションをつかんだ矢先だった。プロを夢見ていたが、野球は諦めた。学校を辞めて働くことに決めた。そうするより他になかったからだ。
だが、部から姿を消した佐藤に、若生が学校側の支援を伝えてくれた。
「プロになりたくてここにきたんだろう? 学費は後で働いて返せばいいから」