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高2のダルビッシュは、なぜ涙を流したのか? ケガをしながら先発も優勝には届かず…主将に抱きつき口にした「すいませんでした…」
text by

鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byJIJI PRESS
posted2022/08/16 17:02

2003年夏の甲子園決勝、常総学院に敗れ涙を浮かべるダルビッシュ。その涙の理由は何だったのか。当時の主将、女房役に話を聞くと…
9回裏、2点及ばずゲームセット。その瞬間、片岡の心は不思議なほど晴れ晴れとしていた。前の年には甲子園の土すら踏めなかった自分たちがここまで来た。やり残しは何もなかった。隣にいた佐藤も同じ顔で、入道雲の浮かぶ夏空を見上げていた。
ふとベンチを振り返ると、一番奥でダルビッシュが泣いていた。片岡は、いつも悪態顔のエースが涙するのを初めて見た。同時になぜ泣いているのか、わからなかった。
整列し、アルプス席に挨拶した後もダルビッシュの嗚咽は止まらなかった。そしてベンチへ戻ってくると何かが決壊したように、片岡に抱きついてきた。
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「すいませんでした……」
思わぬ言葉だった。乾いていたはずの片岡の目頭に熱いものが込み上げてきた。
「来年またこいよな」
片岡は震える彼の背中を抱きしめた。
あの決勝の映像は時々見るんです。とくに夏になると…
その後、ダルビッシュは大勢の報道陣に囲まれて見えなくなった。その中で彼は涙の理由を問われ、こう語ったという。
『3年生ともっと野球をやっていたかった。最後に3年生を優勝させたかった』
片岡はそれを聞いて、彼がこの決勝でなぜ痛みを抱えて投げ続けたのか、わかった。試合に負けた感覚はほとんどなかった。
あれから17年。片岡はスーツにビジネスバッグで電車に揺られている。バットは休日の草野球で握るだけだ。かつてのスイングは見る影もないという。
「でも、あの決勝の映像は時々見るんです。とくに夏になると……」
毎年、太陽が高くなり、汗ばむ時期になるとビール片手にあの日に帰りたくなる。あの生意気で憎めない男が流した一度きりの涙を、無性に見たくなるのだ。
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