相撲、この技、この力士BACK NUMBER
「まわしを取るな」元横綱・稀勢の里が明かす”はず押し”の意外な真実とは?「腕に力を入れなくても、相手が吹っ飛ぶ」
text by
二所ノ関寛Hiroshi Nishonoseki
photograph byKYODO
posted2022/07/16 11:03
稀勢の里は幕内通算85場所、714勝453敗、優勝2回。写真は'10年十一月場所2日目、歴代2位の63連勝中だった白鵬を寄り切りで破った場面。数々の名勝負を演じた白鵬については次回で解説予定
腕に力を入れなくても、相手が吹っ飛ぶ
肝となったのは、身体の中心軸です。体幹と説明した方が分かりやすいかもしれません。体幹を操り、丹田に力が込められるようになると、下半身の力が上半身を経由して左腕に伝わる。そうなると、はず押しの威力が増したのです。
すると、どうなったか。腕に力を入れなくても、相手が吹っ飛ぶのです。むしろ、肩に力が入ってしまうと、押しても力が抜けてしまう。下半身から生み出された力は、腕力の比ではありませんから。これが自分の軸となり、次第に自分次第の相撲が取れるようになりました。負けた取組も反省しやすくなるので、連敗をしにくくなったのです。
なぜ、はず押しがこれだけ有効なのでしょうか? それは人間が、脇の下に手を入れられるとまったく抵抗できなくなるからです。みなさんも経験があると思いますが、子どもを「高い高い」してあげると無抵抗になってしまうのが良い例です。また、私の感覚では脇のなかでも「脇の奥」と呼ぶべき箇所があり、そこに左手が入ると、相手が体重150kgだろうと、まったく重さを感じなくなるのです。
弟子には「はず押し」の効果を伝えていく
はず押しの威力は、元横綱・白鵬関との対戦でも発揮されました。一時期から、白鵬関は私に対して右からのかち上げを一切やらなくなりました。かち上げに来たところを、私の左のはずが右脇にきれいに入り、無力化することができたからです。それ以来、白鵬関はかち上げを封印。今度は私のはず押しに対抗する手段を取ってきました。
昨今の相撲界では、はず押しを見る機会が少なくなっています。私としては二所ノ関部屋の弟子たちには口を酸っぱくして、はず押しの効果を伝えていくつもりです。一度、はず押しが決まれば、その効果に驚くはずです。そして「脇の奥」を知ってしまったら、その感触から逃れられなくなるのです。
(構成:生島淳)