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「僕も家族も最悪死ぬことを覚悟している」ヨットで世界一周を目指す脱サラセーラーに、妻が出した“たった1つの約束ごと”
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byAnne beauge/ilsaimentlamer.com
posted2022/06/25 11:03
海への憧れを捨てきれずに脱サラしてプロセーラーになった鈴木晶友36歳。6月26日にモロッコを出発するヨットレース『GLOBE40』でついに世界一周の船旅に挑戦する
「もちろん生きて帰ってこようとは思っています。でも、僕も家族も最悪死ぬこともあるというのはみんな覚悟していることです」
ただ、もっと話を聞くとそれは向こう見ずな勇気とはまったく違うものだった。妻に大西洋横断や世界一周をしたいと希望を伝えた時、鈴木が言われたのはこんなことだったという。
「あなたがやりたいんだったらいいんじゃないの? その代わり、夢を叶えたいのであれば、一番成功率の高くて、一番安全だと思うものを私に提案してください」
だからこそレースを選んだ。
「生きて帰ってくるための準備は、僕だけではなく、レース委員会がこれを準備しなさい、あれは必要ですよとしっかりガイドしてくれる。それに従ってやることで安心感を得られます。救命いかだも本来は1つでいいのが、世界一周の場合は2個積まなきゃいけない」
救命いかだを膨らませて、それが横転した時に起こす練習もやる。救助される時のためにヘリコプターに吊られる練習まで必要になる。
「そうした講習を受けないとレースに出られないルールなんです。だから、もしひとりぼっちで誰の目にも付かずに世界一周したいと言っても妻は許してくれないでしょうね。ヨットレースなので、誰か監視してくれてて、ルールもある。だから許してくれてるというのはありますね」
さらに出場条件となる予選レースをこなす中で、世界一周に耐えうる思考と技量を身につけていく。ライバルたちともそうしたレースを通じて連帯意識が生まれ、緊急時には順位を度外視して救助に向かう。
海の上では2時間以上寝られることはなく、気象状況に応じたセールの張り替え、進路を変えるための積荷の大移動など肉体作業も山積み。食事はレトルトで、お湯で戻すアルファ米に鰹節と醤油、マヨネーズをかけて食べれば、それがこの上ないご馳走だ。
そうした極限の状況が続く中でも、命を守り、守られているという感覚があるからこそ、思う存分、夢に向かうことができるのだろう。
スポーツ選手なのか、冒険家なのか?
果たして外洋レースに挑むセーラーはスポーツ選手なのか、冒険家なのかと問いかけると、その答えはそのどちらでもなかった。
「体を動かすのでアスリートではあるかもしれないけど、でも追い込んじゃいけないんですよ。追い込んで体力を使い果たしたら、次に何かあったときにもう死んでしまう。
冒険も人が行ったことのない道を走っていくのが冒険家でしょう。僕はヨットレースを使って世界一周しているので、自分だけの道ではない。もちろん新しい発見はたくさんあるとは思いますけどね。以前、挑戦者みたいな言葉を使われたことがあって、確かにそうだなと思ったんです。僕の中で一番しっくりきたのはチャレンジャーです」
まずはチームオーナーであり、最も信頼できるチームメイトの中川紘司と臨む第1レグ。ポルトガルのサンビセンテ島までの約2800kmの道のりだ。航海の様子は、鈴木自身が船上でスマホで編集する動画によって共有することができる。レース資金を賄うためのクラウドファウンディングも継続中。
長い長い挑戦の旅が始まった。