スポーツまるごとHOWマッチBACK NUMBER
日本製のサッカー審判用ホイッスルは“あのブブゼラの爆音”にも負けなかった…南アW杯で上がった名声、担当者を直撃
posted2022/05/22 17:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
J.LEAGUE
「リンゴは木から落ちるのに、月はなぜ落ちないのだろう」
ニュートンが万有引力の法則を発見したように、素朴な疑問はときに世の中を変える。
2007年、日本のスポーツメーカー「モルテン」の社員が、ふと思った。
「サッカーとバスケットボールで、どうして審判が吹く笛が同じなんだろう」
当時、同社が製造するホイッスル「ドルフィンプロ」はサッカー、バスケット、バレーなど多くの競技で使用されていた。だが彼は、「競技の特性に合わせた笛をつくるべきでは」と考えた。ここから世界初、サッカー専用ホイッスル「バルキーン」の開発が始まる。
広報室の中森真太郎さんが解説する。
「万単位の大観衆がいて、屋外の広いピッチで行なわれるサッカーの条件を考慮し、キレがあって立ち上がりの早い音づくりに取り組みました。“立ち上がりが早い”というのは、瞬時に最大周波数に達することを意味します」
音づくりの次は、機能性の追求。
サッカーの審判は笛を手にして動く。選手と会話をしたり、カードを取り出したりとやることが多く、そんな中でも必要とあらば手際よく笛を吹かなければならない。
「笛が少し遅れただけで状況は大きく変わってしまう。そのため、どんなときも握り間違えたりせず、瞬時に笛を構えられるように“フリップグリップ”という機能をつけました」
ブブゼラの爆音の中で響き渡った笛の音
100を超える試作品が生まれては消えた2年がかりの試行錯誤を経て、'09年ついにサッカー専用ホイッスル「バルキーン」が誕生。それはロングセラーとなる。
バルキーンの名声は、'10年ワールドカップ南アフリカ大会を機に大きく高まった。
「選手同士が会話できないほどうるさかったブブゼラの爆音の中でも、バルキーンの音はしっかりとピッチ中に聞こえていたからです」
以来、バルキーンの愛用者は増え、'14年ブラジル大会では半数以上の試合で採用された。ちなみにバルキーンの値段は5170円(税込み)。驚いた筆者を見て、中森さんが言う。
「バルキーンは審判の実力と意思を100%発揮させるために、妥協を許さず徹底してつくり込んだ笛。管楽器の演奏に欠かせないタンギングの技術が必要なので、楽器といってもいいかと思います。実際に初心者は練習しないと吹きこなせないですから」
Jリーグや代表戦で、審判の“演奏”に耳を傾けてみるのもいいかもしれない。