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「陸上撮影の経験あり」のナゾ…日本選手権のカメラクルー接触事故はなぜ起こった? 「ボルトも激突されていた」現場のリアル
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byYuki Suenaga
posted2022/05/10 11:04
5月7日、世界選手権の代表選考を兼ねた陸上の日本選手権で、撮影していたNHKのカメラケーブルと選手が接触するアクシデントが発生した
だが、まだ多くの選手がレースを続けている最中だ。10000mであれば、周回遅れの選手がいるのもごく普通のことだし、実際の映像を確認してみても、選手たちはカメラクルーが位置していた付近へと次々に向かってきている。あえて推測すれば、優勝者にしか視点が向かず、そこに意識が集中しきっていた可能性もなくはない。ただNHKによると、「陸上撮影の経験はある」カメラマンだと言う。別の業界カメラマンに聞くと「インカムで撮る画について指示されていて、それに従ったのでは」という指摘があった。
今回に該当するかは別として、カメラマンという立場を考えれば「一歩前でいい画をおさえたい」という心理が働くこともあるはず。例えば、プロ野球のあるチームの室内練習場での取材時、打球への対策としてネットが張られていたが、その隙間からレンズを入れて撮ろうとするカメラマンがいた。気づいたコーチから激しい叱責を受けていたが、それもそうした心理の表れだっただろう。また、撮影を依頼される際、絵柄についての強い要望を受けているケースも現場ではよく耳にする。
でもそうした心理はほとんどの場合、本番になれば抑制されるものだ。選手に危険を及ぼす行為はしない、競技を妨げないことが「大前提である」ことを関係者であれば誰もが承知しているからだ。だからこそ撮影ポジションも入念に調べているし、その範囲でどう撮れるかも想定されている。今回のアクシデントについては、大会を前に細かな安全確認作業を陸連側とNHK側で行なっていなかったと説明されているが、いつでも“前提”が共有されているという思いがあってのことだろう。実際、多くの場合、それで成り立っている。ただ経験のあるスタッフの下で、今回のアクシデントが起きてしまったことは理解に苦しむ。
過去にもあった、選手とカメラマンの接触事故
もちろん頻発はせずとも、注意していても起きてしまうのがアクシデントである。これまでも、カメラマンと選手による接触事故はあった。
2015年、北京で行なわれた世界陸上選手権での出来事は広く知られている。100mに続き200mでも優勝したウサイン・ボルトが場内の声援に応じていた最中、セグウェイに乗ったカメラマンが至近距離からボルトを撮ろうと近寄った。その瞬間、バランスを崩し、セグウェイがボルトの足に接触。その衝撃でボルトは後ろ向きに倒された。