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ラストマッチで“キャリア最高のKO勝利”…レジェンド高阪剛(52)が語った“日本MMA界”への提言「今は戦績がすごく大事。ただ…」
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byRIZIN FF
posted2022/05/04 11:02
自身の引退試合で上田幹雄と対戦し、劇的なTKO勝ちを収めた高阪剛
ピンチを切り抜けたレジェンドの冷静さ
そんな上田の強烈な蹴りを受けながらも高阪は脚をキャッチして、片足タックルでテイクダウンに成功。寝技になれば、柔道四段でMMAでもグラップラーとして知られる高阪の独壇場かと思われたが、上田はMMAデビュー戦の空手家でありながらこれにうまく対処。高阪は下から蹴り上げられ、スタンドに戻されてしまった。
「グラウンドで押さえ込んだとき、下から頭を殴られて一瞬記憶が飛んだんですよ。やっぱり一流の空手家は拳が硬いんですね。それで一瞬力が抜けたのを憶えているんですけど、『力を抜いちゃダメだ。戻れ!』と自分に言い聞かせたときに、立たれてしまったんです」
タックルでのテイクダウンからの押さえ込みは体力を使う動きであり、そこから相手に立たれてしまうと、精神的なショックも少なからず生じるため、通常ならピンチを迎える状況だ。しかし、高阪は冷静だった。
「立たれたときは『しまった!』と思いましたけど、寝たり立ったりの繰り返しがMMAだと自分は思っているので。もしテイクダウンして上のポジションを取っていても、相手に立たれることを前提としてトップコントロールができるかどうかが重要だといつも思って練習していたんですよ。立たれた時に頭が真っ白になるのが一番ダメなので、そうならないように立たれることが想定済みという意識で練習に取り組んできたのが大きいですね」
カウンターでダウン、追撃のパウンド
スタンドに戻した上田は、高阪をコーナーに追い込みヒザ蹴りとパンチの連打で反撃。高阪は組みついて柔道式の投げを狙うが、上田はこれをこらえてローキックを放つ。このローキックこそ翌日高阪の脚が伸ばせなくなるほど強烈な一撃だったが、それでも高阪は自分から前に出ると、上田の左ストレートに右フックをカウンターで合わせてダウンを奪い、そのまま追撃のパウンドを叩き込みTKOで勝利したのだ。最後の右フックは「体が自然に動いた」と高阪は語る。
「普段の練習から『こういう距離感になったら頭を左に動かしながら右手を振る』っていうのが癖付いていたんだと思いますね。だからあの間合いと、相手が『パンチを出さなきゃ』と思っているであろう空気を感じて、自然と右フックが出ました。
今回、自分の中での作戦は『前に出ること、倒し切ること』その二つだけだったんです。それ以外の動きは、練習の中でやってたことを体が憶えていてさえくれたら自然と出してくれるもんだと、自分の体を信用して任せていたんで。本当に体に染み付いたことが出たとしか自分では言えないですね」
28年間にわたる厳しい練習と試合での経験、その集大成が右の拳に宿ったということだろう。そして何より、あのフィニッシュブローを呼び寄せたのは、極真世界王者に打撃を効かされながら、自分から前に出て殴り合いに挑んだその勇気だ。試合前、「自分は真剣で斬り合うような試合しかできない」と言っていた高阪。まさに真剣と真剣が交差する中の渾身のひと太刀で、上田をマットに這わせた。
もともとグラップラーだった高阪は、打撃でのKO勝利は決して多くはない。今回のような一撃で相手を倒すような鮮やかな勝ちは、初めてと言っても過言ではない。ラストマッチをキャリア最高のKO勝利で飾ったのである。