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相撲界を懲戒解雇からRIZINへ…貴賢神がデビュー戦完敗でも見せた可能性とは? 対戦した元警察官ファイターが絶賛した「凄い素質」
posted2022/05/07 17:00
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
RIZIN FF Susumu Nagao
日本で最も“幻想”を抱かれている格闘技は何だろうか。筆者の経験からすると、相撲だ。格闘技にあまり詳しくはないが興味はある、そんな一般層、ライト層ほどその傾向が強い(世代にもよるだろうが)。
「結局、朝青龍が最強だと思うんですよ」
「全盛期の千代の富士が総合(格闘技)やってたら強かったんじゃないか」
そんな言葉を、何人もの人から聞いた。実際のところを言えば、格闘技はルールに応じた専門的な技術が必要で、MMAで闘う以上は誰もが“MMAファイター”なのだが「どちらの選手が」ではなく「どの格闘技が」強いかという異種格闘技戦の発想には、やはり魅力がある。ロマンと言ってもいい。
とりわけ相撲はルールがシンプルで、それだけに未知の部分が多く幻想をかき立ててくれる。新弟子から横綱まで競技ヒエラルキーが知られているから「大関、横綱ともなれば凄まじい競争を勝ち抜いてきた」ことも分かる。何より見た目のデカさ。「この人が弱いわけないじゃないか」と思わされる。
相撲からMMAへの転身の難しさ
だが、相撲出身でプロレスを含む他の格闘技で活躍した選手は稀だ。全日本プロレスで2年8カ月ほど活動した輪島大士、プロレスでも総合格闘技でも能力を活かしきれなかった北尾光司。曙が最大のインパクトを残したのは、K-1デビュー戦でボブ・サップにKOされた姿だろう。曙はプロレスで開花、三冠ヘビー級王者となり、輪島にも北尾にもそれぞれ功績やファンに残した強烈な記憶はあるのだが、とはいえ“元横綱”の肩書きは大きすぎた。
日本プロレス界の父である力道山を別とすれば、元力士でこれまでの最大の成功例は天龍源一郎だろう。天龍の相撲での最高位は西前頭筆頭。出世の途中で廃業し、プロレス入りするとすぐアメリカへ。自由な空気に触れるところからプロレスキャリアをスタートさせた。
プロレスにせよ打撃系格闘技、総合格闘技にせよ、元力士は「すり足」を矯正するところから始まるという。短期決戦の相撲とは必要な体力、スタミナの質も違う。サイズとパワーを活かすまでに、覚えなければいけないことが山ほどあるのだ。
RIZINでは把瑠都がデビュー3連勝を飾ったが、4戦したところで格闘技から離れ、母国エストニアに帰国して政治家となった。大砂嵐は1戦のみ。話題にはなるが大成は難しいというのが現状だ。そんな中、2020年には元十両の貴ノ富士、スダリオ剛がRIZINのリングへ。ここまで5戦して4勝1敗の戦績を残している。暴力事件で相撲をやめ、RIZINでも試合後の乱闘騒動があったが、190cm、115kgの体格は大きな武器。まだ20代前半だから経験を積む時間もある。子供の頃からプロMMAがテレビで見られる時代に育ち、チャンスがあればやってみたいと思っていたそうだから“競技カルチャーギャップ”も乗り越えやすいはずだ。世代的にもMMAがどういう競技か、相撲とどう違うのかが当たり前のように分かっている。
相撲協会を懲戒解雇からRIZINへ
4月16日の『RIZIN TRIGGER 3rd』(武蔵野の森総合スポーツプラザ)では、スダリオの双子の弟である貴賢神がMMA初戦を迎えた。やはり元力士。十両優勝の経験もある貴源治だ。大麻の使用で相撲協会を懲戒解雇となったのが昨年7月。スダリオ同様、出直しの意味もあるMMA転向と言っていい。
それでも記者会見では「顔面の骨を折る」と豪語し、公開計量でも「この(金髪の)頭を相手の血で真っ赤にする」。プロとしての強気のコメントも心得ていたということらしい。
相手を務めたのは関根“シュレック”秀樹。24歳の貴賢神に対して、関根は48歳だ。「凶悪な息子を親父の拳で黙らせる」ことが試合のテーマ。体格差も含めて、対照的なマッチアップだった。日本重量級トップの柔術家であり、近年はプロレスラーとしても試合をしている関根。昨年大晦日には、フラフラになりながら大逆転でRIZIN初勝利を挙げた。